大雨のラ・ギモレ行

To La Guimorais in the heavy rain
Tuesday 27.06.2017, the 39th day (2)
2017年6月27日 火曜日(2)

DSC0112717.jpg
エメラルド海岸の道、GR34、が、崖沿いに続いています。

DSC0113017.jpg
天気が良ければ、綺麗なエメラルド色の海なのでしょうが、生憎の曇り空。
カンカルからは、砂浜ではなく、岩山の道になるので、エメラルド色の海を期待していましたが、残念ながら、サン・マロまでずっと、天気に恵まれませんでした。

P108027717.jpg
雨が降って来そうな気配なのと、冷たい風が吹いているので、なによりも防寒用に、ポンチョを被(かぶ)りました。
このポンチョは、サイズがフリーサイズですが、私(身長178㎝)にとっては、短めなのが難点。他は、軽くて、ゆったりして、OK。
この写真では、していませんが、またの下で、前と後ろを留められるようになっていて、この写真のように、下からの風の場合、上に吹き上げられないようになっています。

DSC0113217.jpg
崖の上から、小さな湾に下ってゆきました。そこは、歩きづらい砂浜の道。

DSC0113317.jpg
騎馬警官が追い抜いてゆきました。

DSC0113417.jpg
海岸の向こうに、ハイキング姿の男性がひとり。

P108028317.jpg
海岸を見下ろす崖の上で、ひと休み。

DSC0113517.jpg
休憩中に見た、思い出深い岩。

DSC0113617.jpg
そして、また GR34 を歩きだします。雨が、少しずつ降り出しました。
GR34は、海岸の崖沿いに続いています。しかし、雨と強い風のために、崖の道を歩いても、面白くありません。
ゲクランの浜 (Plage de Guesclin) という辺りで、GR34が県道D201と合流したのを機会に、GR34ではなく、県道D201で、行くことにしました。ラ・ギモレまで、あと5km位です。
歩いているうちに、雨がだんだん激しくなり、本降りの大雨となってきました。こんな大雨に降られたのは、今回、これが、最初で最後です。
D201は、車の往来がさほど、頻繁でなかったのは、幸いでした。しかし、降る雨と、道路を流れる水の中を歩くので、クツの中まで、びしょ濡れになって、ラ・ギモレを目指しました。
(大雨の中、残念ながら、カメラを構える余裕がないので、雨の写真はありません。)

カンカル出発の朝

In the morning of the depature at Cancale
Tuesday 27.06.2017, the 39th day (1)
2017年6月27日 火曜日 39日目(1)

171015b.jpg
今日はカンカルCancale から、海岸沿いに歩いて、ラ・ギモレLa Guimorais (黄色い○印)のキャンプ場を目指します。そこのキャンプ場は、浜辺にあって、風情がありそうです。

DSC0111617.jpg今まで好天に恵まれましたが、今朝は、生憎の、重い曇り空。
それでも、ユースホステルの前の湾から、モン・サン・ミシェルが海の向こうに見えました。
ユースホステルで朝食を食べた後、パンにバターとジャムをつけ、それとリンゴ一個の昼食を作り、持ってきました。

DSC0111717.jpg
モン・サン・ミシェルを出てしばらくは、砂浜でしたが、カンカルの辺りからは、岩の海岸になります。道は、アップダウンが多く、険しくなります。

P108026917.jpg
振り返ると、ユースホステルが見えました(写真右側)。暑ければ、いい海水浴場になるのでしょう。もう、6月27日ですが、バカンス・シーズンにはまだ早いのか、ユースホステルは泊り客が、2,3組くらいで、ひっそりとしていました。

P108027017.jpg
昨日、夕食を食べた、ポール・メールPort-Mer に来ました。昨日は、一般道路で、丘を越えてきましたが、GR34でも、険しい道ですが、海岸沿いにも、来られたのです。
まだ、水は冷たく、海水浴には、早すぎるようでした。

DSC0111817.jpg
カンカルからモン・サン・ミシェル湾を回り込めば、岬の影になって、モン・サン・ミシェルは見えなくなります。
GR34の道は、海を右に見下ろす、崖の上の細道です。

DSC0111917.jpg
おそらく、これが、モン・サン・ミシェルの見納めでしょうか。
写真、右端に、モン・サン・ミシェルが、うっすらと見えています。中央より少し右側に、トンブレーヌ島も霞んで見えます。

DSC0112417.jpg
岸壁に立つ案内板。トンブレーヌ島とモン・サン・ミシェルを示しています。

DSC0112117.jpg
要塞跡もありました。第二大戦の終盤、連合軍側の、いわゆるノルマンディー上陸作戦に備えて、ドイツ軍が築いたものです。この先にも、何度も出てきました。

DSC0112517.jpg
GR34の道から見下ろす、エメラルド海岸。
曇り空で風が強いので、波は荒く、海の色もエメラルド色ではありません。

カンカル最後の夜

The last night in Cancale
Monday 26.06.2017, the 38th day (5)
2017年6月26日 月曜日 38日目(5)

DSC0109817.jpg
カンカルのSt-Meen教会前の牡蠣採りの銅像。
カンカルからユースホステルへ戻るのは、バスで行くことにしました。バスは、この教会前から出ています。バスの時間を調べてから、博物館を覗きました。

カンカル博物館
カンカルの美術・民族博物館(Musee des arts et traditions populaires)。Photo from the site of the office de tourisme.

DSC0110617.jpg
博物館には、牡蠣採りの絵が、先に紹介したものを含めて数点と・・・

DSC0110717.jpg
他には、船の模型や絵と、民芸品が若干。広い一室だけの、期待外れの博物館でした。
この船は軍艦のようですが、「カンカルはかつて、ニューファウンドランド島でタラ漁に従事する偉大な船乗りたちの存在で知られ(from wikipedia)」ていたそうです。昔の絵ハガキを見ると、カンカルの港は、大変な賑わいだったようです。

DSC0110317.jpg
戸棚のようなものですが、なにか不明。二段ベッド???
このあと、サン・マロの博物館にもありました。

DSC0111117.jpg
フランスの兵士の絵。左は、普仏戦争の頃でしょうか、右は、第一次大戦のものでしょう。

IMG_20170626_09381617.jpg
博物館を見学してから、バスで、ユースホステルに戻りました。
そして、ユースホステルで、ビールを買って、バルコニーで海を見ながら過ごしました。

DSC0112017.jpg
夕食は、昨夕と同じ、ポール・メールPort-Merの湾に行きました。昨日は、三軒とも閉まっていました。今日は、そのうち、写真の一軒が開いていました。

P108026617.jpg
昨日の晩餐とは、大違いの夕食を食べることができました。
さすが、浜辺のレストランの「海の花」です。私は魚は、駄目ですが、甲殻類は大好物です。
これで、カンカルの二日間の滞在を、楽しく締めくくることができました。

フランスの牡蠣と東北三陸の牡蠣のきずな

Connection of oysters of France and oysters of Japan
Monday 26.06.2017, the 38th day (4)
2017年6月26日 38日目(4)

DSC0109317r.jpg
カンカルのレストランで食べた牡蠣。
弊ブログ・リンク欄にある「さく楽日記」の小紋さんから、カンカルの牡蠣について、コメントを貰いました。
カンカルの牡蠣が全滅したときに、東北の牡蠣が、それを救ったことがあり、その縁で、東日本大震災の際、お返しに、カンカルから助けがあったという旨、教えて頂きました。
インターネットで、調べてみると、次のようなことが分りました。

DSC01099.jpg
カンカルの St-Meen 教会 Eglise St-Meen de Cancale 前にある、カンカルの牡蠣採りの女性の銅像。
(All French articles are from the site of Ouest France)
171013n.jpg
1970年代、フランスにおいて、牡蠣に病気が蔓延し、壊滅的な被害が発生しました。その際、日本からマガキが提供され、そのうち、宮城種は、病気をものともせずに成長し、フランスの牡蠣産業の危機を救ったことがあります。
現在、フランスの市場に流通しているカキの90%が、この宮城種の子孫です。(宮城種が入ってくるまでは、ヨーロッパヒラガキ(主にブロンと呼ばれる)が中心でした。

DSC0110917.jpg
カンカル博物館 Musee des arts et traditions populaires にあるカンカルの牡蠣採りの若い女の絵。
171013m.jpg
2011年の東日本大震災においては、東北三陸の牡蠣産業が壊滅的打撃を受けました。
フランスの牡蠣産業の関係者はみな、上述の事実を知っており、
「1970年に日本が助けてくれなかったら、いまのフランスのカキ業界はない。だからできることはなんでもする。」
と言ってくれたそうです。
All those involved in French oysters industry know this fact. "If Japan hadn't helped us in 1970, there would be no French oysters industry today. We will do anything we can." They say.

DSC0111017.jpg
同上。
171013mm.jpg
そして、「フランスお返しプロジェクト」 "France Okaeshi Project "というのを立ち上げ、金銭的支援と物質的支援(牡蠣養殖に必要なロープ等の資材の提供)をしてくれたそうです。
ここでいう、フランスの牡蠣産業というのは、カンカルのあるブルターニュ地方 Bretagne と、ジロンド河口のポワトー・シャラント地方 Poitou-Charantes の牡蠣業者のことです。

800px-Cancale_parcs_huitres171014.jpg
カンカルの牡蠣の養殖棚。(Photo from wikipedia)

尚、詳しくは、「東日本カキ産地救援復興対策会議」の感動的報告書があります。
ここをクリックしてご覧ください⇒東日本カキ産地救援復興対策会議

カンカルの牡蠣とシエスタ

Siesta after oysters of Cancale
Monday 26.06.2017, the 38th day (3)
2017年6月26日 月曜日 38日目(3)

DSC0107917.jpg
カンカルの港も、眼下に見えてきました。

DSC0108017.jpg
沿道に咲く花。

DSC0108217.jpg
水面下に、牡蠣の養殖棚が見えてきました。

DSC0108317.jpg
港に下りる手前にあった記念碑。側までゆかなかったので、何の記念碑か不明です。

DSC0108617.jpg
はっきりと見えてきた牡蠣の養殖棚。

171013c.jpg
カンカル付近の地図です。海岸沿いの赤い線が、今、歩いている、GR34です。
72番がカンカル・ユースホステル。71番がカンカルの町。昨日は、町からユースホステルまで、タクシーで来てしまいました。
今日は、ユースホステルから町まで、歩いて戻っています。
71番の右横にある網目のようなものは、牡蠣の養殖棚です。

DSC0108717a.jpg
この家並みの裏が、カンカルの港です。ちょうど、旨い具合に、お昼となりました。

DSC0109317r.jpg
山道から、港に出るとすぐに、レストランが数軒並んでいました。日本で、ショーケースの中の見本で目当ての食べ物を探すように、店の前の献立表を見て、レストランを決めます。そのうちの一軒に、牡蠣の定食が、白ワイン、グラス一杯がついて、(うろ覚えですが)20ユーロしないのがありました。そこに決めました。
牡蠣が前菜のようです。

DSC0109517.jpg
メインが、ムール貝。鍋一杯あります。好物なので、モン・サン・ミシェルあたりから、既に何回か食べました。最後のサン・マロまで、更に何回か食べました。
単品で、どこでも、10~11ユーロでした。

DSC0109717r (3)
デザートのアイスクリーム・ノルマンディー。
ここは、ブルターニュですが、このアイスは、ノルマンディーという名前です。なぜ、数あるアイスの中でも、これを選んだかと言うと、ノルマンディーと名前がつくと、カルヴァドスという、ノルマンディー産の酒が入っているからです。ノルマンディーで、何度か、これを食べたので、覚えました。

DSC01090 - Copie (1)
ここが、この昼食を食べたレストランです。
レストランの名前は、「カンカルの岩」です。これまでも、この岩を何度か写真で紹介してきました。上掲地図、右側真ん中の、二つある島のうち、左側の島のことです。

Les_Cancalaises,_eau_forte_(15_x_29_cm),_Malo-Renault_(1870-1938)
Malo-Renault, Les Cancalaises, 1910年頃の版画。
カンカルをインターネットで調べていると、先に紹介した「カンカルの牡蠣採り」や、上掲の版画のように、牡蠣を採る女性の絵がよく見られます。実物を見たいと思い、そんなのがありそうな博物館の方向へ向かいました。
ところが、おいしい食事に満足し、白ワインの心地よい酔いも手伝って、眠くなってしまいました。途中に、町役場の前に、芝生の庭がありました。その芝生に横になって、取りあえず、シエスタ、要するに、昼寝をしました。