サン・マロの城壁の上で

On the wall of Saint-Malo
Thursday 29.06.2017, the 41st day (4)
6月29日 木曜日 41日目(4)

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昼食を終えて、サン・マロの海岸を見るために、城壁のある方へ向かいました。
「浜辺へ(Plages プラージュ)」という案内に従って進みました。

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城壁に登ると、グラン・ベ(手前)と、その後ろに、プチ・ベという島が見えました。一回りはしませんでしたが、ブラブラと城塞の上の道を歩いてみました。

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地図上のIntra-Muros (城塞内)の左上にある、Le Grand Be, Le Petit Be とあるのが、それです。引き潮のときには、浅瀬を歩いて渡れるそうです。

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グラン・べ島の右端に、、フランスの作家、フランソワ・ルネ・ド・シャトーブリアン Francois-Rene de Chateaubrian の墓があります。

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シャトーブリアンの名前だけは知っていますが、本を読んだことがないので、詳しいことは知りません。

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ジャック・カルティエ Jacques Cartier (1491-1557)の像。
「セントローレンス川を航行し、現在のケベック市やモントリオールの地を訪れ、カナダの発見者とされるジャック・カルティエは、サン・マロに住み、サン・マロから航海し」(Wikipediaより)ました。

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ロベール・スルクフ Robert Surcouf (1771-1827)の像。
コルセール corsair の一人です。コルセールとは、「敵国の艦船の襲撃や拿捕を特許状により認められた民間船舶」(小学館仏和大辞典より)のことです。所謂、海賊のことは、pirate と言って、区別しています。
「サン・マロは、その後、誰の命令にも服さない、凶暴な海賊の根城として悪名高くなった。1590年から4年間、サン・マロは、「フランス人でもなく、ブルターニュ人でもなく、サン=マロ人だ」というモットーを掲げて、独立共和国であるとの宣言さえした。サン・マロの海賊・私掠船「コルセール」は、英仏海峡を通るイギリス船に通行料を課しただけではなく、さらに広い範囲から富を持ち帰った」(Wikipediaより)そうです。

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美しい帆船が、港に帰ってきました。

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サン・マロの東側の城壁。重い雲が立ち込めていますが、幸い、天気予報ははずれて、雨は降りませんでした。

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こちらは、城塞の北側を見たところです。

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サン・マロ城塞都市の北にある、城砦島。上掲地図で、Fort national とある島です。
人が浅瀬を渡っていました。

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城塞の壁に止まるカモメと浅瀬を楽しむ人々。
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