モン・サン・ミシェルの道 高級温泉湯治場バニョール・ド・ロルヌ

Cure thermale de Bagnoles-de-l'Ornes
Wednesday 14.06.2017, 26th day (1)
6月14日 水曜日 26日目(1)

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朝、キャンプ場を出発して、バニョール・ド・ロルヌの町の中心へ向かいました。
バニョールは、ローマ時代から、そこで湧き出る水で、人を癒してきたのだろうと言われています。
日本の温泉にも、その起源の言い伝えがあるように、ここにも、こんな言い伝えがあるそうです。(Wikipediaより)
「中世のある領主が、老齢に達した自分の馬、ラピドをアンデーヌの森に置き去りにした。ところが馬は数時間後にすっかり若返って健康を取り戻して、自分のもとへ帰ってきたので驚いた。主人を恨まなかったラピドは、若返りのもととなったバニョールの水の元へ、主人を案内した。スパはこうして誕生した。
他の説では、非常に高齢のフランチェスコ会の修道士が、バニョールの水を持ち帰った・・・。彼は驚くような新しい力を発見し、町を見下ろしている高い岩の間から飛び降りた。この岩は、現在も「カプサン会修道士のダイビング」(le Saut du Capucin)と呼ばれている。」
街へ出る途中に、こんな岩山がありました。これが、その岩かどうか定かではありませんが、これではないかと思います。

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街に入っていくに従って、高級リゾート地の観を呈してきました。

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ここが街の中心です。
写真中央は、サクレクール教会です。

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街の中心のカフェで一休み。そして、近くのミニ・スーパーで、今日の食料の買い物をしました。

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19世紀のバニョール・ド・ロルヌの観光ポスター。
「実際に、このまちが有名になったのは19世紀以降、温泉療法が確立してからである(・・・)。・・・美しい別荘の建設が始まり、入浴を専門とする営利企業が多くの装飾を時間をかけて施した。プール、温泉療法のパヴィリオン、コテージなどである。こののどかな時代には、馬車は浴場の前に停車し、フロックコートやクリノリンが施設の中庭でブラシをかけられ、そこで人々は公園で狩りをしたり、ヴェ川や湖沼で釣りをしたりした。」(Wikipediaより)

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「バニョールのベル・エポック地区は、20世紀初頭のブルジョワ階級の邸宅が良い状態で保存されている。それは1886年から1914年にかけ、町の南部に建設され、豪華な装飾を備えた素晴らしいヴィラで構成されている。
地元の建設モデルは、ドーヴィルやトルヴィル=シュル=メールといった海水浴のリゾート地で見られるようなネオ・ノルマン様式に触発されていることが明らかである。」(Wikipediaより)

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アール・デコ期に建てられたカジノ。
「第一次世界大戦の残酷な中断のあと、バニョールは観光地として開発が進んだ。この偉大な豊かさをもたらした2度目の時期は、「黄金の20年代」としてフランスで呼ばれた時期と重なる。温泉は国際的に成功した。
温泉療法で賑わう時期には、クラシック音楽のコンサート、競馬場での競馬、ゴルフ・トーナメントや、洗練され要求の厳しい人々のための、その他多くの活動が催された。温泉のまちが流行の先端に常にあることは不可欠であった。」(Wikipediaより)

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カジノの建つ池。ヴェ―川が流れ込み、再び、流れ出てゆきます。

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背景の建物は、ロック・オ・シアンの館(やかた)。
(l'Hotel du Roc au Chien)
「裕福な湯治客のために、厳格な規則に従って建設されたため、ノルマンディーの森の中心部にある住宅地のコンセプトが、裕福な顧客を呼び寄せた。また、この時期の温泉観光は、温泉そのものが人気を集めていたわけでもなければ、エリート主義、豪華さと特権階級の願望が支持されていたわけでもなかった。自然の中の癒しの場として喜ばれたのである。」(Wikipediaより)
注:お世話になって、こう言うのも気が引けますが、Wikipediaの日本語訳は、自動翻訳機を使っているのか、時々おかしな日本語です。それでも、意味はなんとなく分かります。明らかにおかしな部分は、勝手に修正してあります。

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グピルのシャトー(1855~59の建築)。現在は、町役場として使われているようです。
(L'hotel de ville de Bagnoles-de-l'Orne, ancien chateau Goupil construit entre 1855 et 1859)

今まで、名前も知らないでいた、こんな温泉湯治場が、こんなところにあるとは、夢にも知りませんでした。
滞在中は、よく調べませんでしたが、今、調べてみて、驚きました。
こうして、バニョール・ド・ロルヌの町を見物し、食料の買い物をして、この町をあとにしました。
今日は、このあと、ドンフロンという中世の町へ向かいます。17キロばかり歩いた先ですが、真っ直ぐの道が続きます。
バニョールにいた時は、気温が、まだひんやりとしていましたが、だんだんと、これまでで、一番暑い日ではなかったかという暑さになりました。
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