自転車の旅について

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これは、幼児を乗せるトレーラーをひいているサイクリストです。
(From the homepage of Eurovelo6)

ユーロヴェロ6のホームページの中に、面白い記事を見つけました。
今回、改訳したので、再掲載します。
「自転車の旅」(Traveling by bike)という記事です。

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フランス、オルレアンのキャンプ場にて
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自転車の旅

自転車旅行に関して、サイクリストのだれもが、自分自身の哲学を持っています。
ある人は、強烈な個人的経験を求めて、ひとりで、旅立つでしょう。
そういう人は、必要とするすべての荷物を持って、好きな場所に自由に行ったり、コースを気まぐれに変えたりできるようにしておきます。
率直さが、この人たちのモットーです。出会う人々に対しても、通り過ぎる環境に対しても。どこへ行っても、温かい歓迎を受けます。
そして、素晴らしい出会いに満ちた、土産話を持って帰ります。

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2012年、黒海の夕べ。
ドイツ人とフランス人の青年と、砂浜のキャンプ場(ルーマニア)にて。

あるサイクリストが、私に言ったことがあります。
「自転車のツーリングは、あらゆるよいことを、私に与えてくれます。
頭のてっぺんから、足の先まで。
身体にだけでなく、心にまでも。」

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2008年、スイス・ボーデン湖畔にて。

グループで自転車の旅をする人たちは、それに加えて、物の見方、食事、文化の違いによる失敗談、おかしかったこと、大変だったこと等々を、みんなで共有する喜びがあります。
また、家族の場合は、子どもに、旅のしかたを教えたり、日常生活を離れて、一緒に行動を共にする機会を与えてくれます。サドルに座って、両親は、子供とともに、冒険とも言える世界の中で、子どもに帰ったような喜びを、分かち合うことができます。
kodomo.jpg(From the homepage of Eurovelo6)

男女二人の自転車旅行もあります。
その楽しみは、計画の段階から始まっています。各自が、自分の好みや希望を満たすように、これから先の旅程を決めて、まとめ上げてゆくのです。旅の途上で、物の見方、経験、出会い、苦労などを、共有するので、自転車の旅は、みんなを緊密に結びつけます。
oozei.jpg(From the homepage of Eurovelo6)

ツーリングの間、サイクリストにとって、ある程度の苦労はつきものです。
しかし、楽しい旅が実現するように、決定をしたり、旅の段取りをまとめ上げることによって、どんな年齢の人でも、どんなことをしている人でも、自転車旅行を楽しむことができます。
大事なのは、自分に合ったスピードで進むことです。
また、自分に合ったやり方で、旅をすることです。

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2012年、ルーマニアで出会った人たち。

キャンプもいいし、ホテルに泊まるのもいいでしょう。
寝場所や朝食にも、いろいろあるでしょう。
このような多様性が、いろいろなサイクリストと出会い、豊かな経験を得る機会となります。
自転車旅行者には、あらゆる年代の人たち、あらゆる国から来た人たち、あらゆる経歴を持った人たちがいるからです。おそらく、自転車の旅は、あらゆる社会層の人々に出会うことが期待できる、数少ない機会のひとつでしょう。」
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2012年、オーストリア・クレームスのキャンプ場にて。イギリスのサイクリストと。

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フランス、ブザンソン近郊にて。
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ドイツ イメンディンゲン・キャンプ場のコーヒー

A cup of coffee at Immendingen camping, Germany

2005年6月のことです。

ドナウ源泉のある、ドナウエッシンゲン(ドイツ)から、約30kmほど下ったところに、イメンディンゲン(ドイツ)という場所があります。そこに、無料のキャンプ場があります。立札が立っていて、徒歩や自転車の旅行者は、一日に限り、テントを張ってよい、と書いてあります。シャワーはありませんが、トイレと洗面台があります。

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イメンデインゲンのドナウ川。

私は、2004年から、ヨーロッパ自転車旅行を始めました。その時は、キャンプ場を利用せず、ホテルやユースホステルに泊まりました。当時、ヨーロッパのキャンプ場などは、全く思いもよりませんでした。2004年の旅の途中、たくさんのキャンプ場があることを知り、また、サイクリング・コース上にたくさん出てくることから、2005年から、これを利用してみようと考えました。

そのイメンディンゲンのキャンプ場に、泊まった時のことです。フランス人夫婦のサイクリストと一緒になりました。私は、この年(2005年)に、キャンプ旅行を始めたばかりで、料理するガス器具等は持っていませんでした。

朝食の時です。私が、コーヒーなしで、朝食を食べていると、
「コーヒーを飲まないのですか?」
と、フランス人夫婦が驚いて、私に、暑いコーヒーを飲めと勧めてくれました。一杯の熱いコーヒーのせいばかりではなく、なんとも温かい気持ちにさせられました。その後、別のところでも、同じように、熱いコーヒーを勧められたことが続きました。それで、私もガスコンロとガスを買うことにしました。

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フランス人夫妻、バンビ―さんとアランさん。イメンディンゲン・キャンプ場にて。

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旦那さんのアランさんと。

それが、機縁で、そのフランス人夫婦といろいろと、サイクリングのことを話し合いました。彼らは、フランスのブルターニュ地方(大西洋岸)からトルコのイスタンブールまで、4カ月かけて走るのだそうです。ご主人の荷物は、前部で45㎏、奥さんのは、12㎏だそうです。
私も、ドナウ河口の黒海、あるいは、ヨーロッパとアジアの接点、イスタンブールまで走るのが夢でした。その時は、自転車旅行を初めて二年目。実現可能か定かでない夢でした。彼らが、イスタンブールに到着したら、連絡をくれるように、頼んでおきました。

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イメンディンゲン・キャンプ場を出発する、フランス人夫妻、バンビ―さんとアランさん。トレーラーの後ろに立ててある旗は、フランス・ブルターニュのもの。

数日後、ドナウ川下流のジグマリンゲン・キャンプ場で、かれらに、再会しました。そのあとはもう、出会いませんでした。

イスタンブール
日本に帰ってから、無事、イスタンブールに着いたと、メールがありました。
5,200kmを、3か月半で走ったそうです。

C1ブルターニュからイスタンブール
彼らのブログに載った5,200kmの経路。
おめでとう!

ドイツ、ドナウエッシンゲンのキャンプ場にて

2005年6月のことです。
ドイツ、ドナウエッシンゲンのキャンプ場、「リートぜー・キャンピング Riedsee Camping」というキャンプ場に泊まっていました。夜になって、カヌーを抱えた、おやじさんがやってきました。

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ドナウエッシンゲンのキャンプ場で出会った、カヌーマン、Wさん。ドイツ人で、当時64歳。元ドイツ・ハイウェイ・パトロール隊員だったそうです。
奥さんが、ハンガリー人だそうで、その奥さんの作った白ワインとシュナップスをご馳走になりました。

ドイツのギュンツブルクという、ドナウ川沿いの町からきたそうです。その時は、ギュンツブルクという町の名前を聞くも、初めてで、どこにあるのかも知りませんでした。Wさんは、非常に温厚な方で、その後、この縁がきっかけで、ギュンツブルクは、思い出深い町になりました。

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自分の故郷、バイエルン州の旗を見せてくれて、ポーズをとるWさん。

カヌーのことは知らないので、いろいろ教えて貰いました。
ドナウ国際カヌー・ツアー・クラブというのがあって、この年は、その50周年記念に当たっていました。Wさんは、その記念大会に参加するために来ていたのです。

ドナウエッシンゲンからブルガリアのシリストラまで、1500キロ程を、二ヶ月かけて漕ぐそうです。Wさんは、都合で、ドナウエッシンゲンから、自分の故郷、ギュンツブルクまでの参加。参加者延べ350名。1日平均26キロくらいのペースです。私の、のんびり旅と同じようなスピードです。その後、オーストリア国境まで、各地のキャンプ場や町中で、この参加者たちと、何度も出会いました。そして、たまたま一緒になった何人かとは、すっかり顔見知りになりました。

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カヌーのもうひとつの楽しみ。
Wさんのカヌーには、飲み物を置く場所があります。空いているところは、確か、ラジオを置くところ。

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Wさんと出会ったドナウエッシンゲンにある、ドナウ源泉の像。
像は、母親が、娘のドナウに、これからの行く先を、教えています。

Wさんとは、この先、次のように、2回因縁を持ちました。

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ドナウエッシンゲンからギュンツブルクまでの、ドナウ川サイクリング・ロード。(bikelineの地図より)

それから、数日後のことです。
ジグマリンゲンのキャンプ場に泊まりました。
そこのレストランで、昼食を食べていた時です。隣のテーブルに、カヌーをやるらしい服装をした男性がひとり、座っていました。
「カヌー50周年記念の方ですか?」と尋ねてみました。
「はい、そうですよ」
「この方をを知りませんか?」
と、カメラの中の、Wさんの写真を見せました。(ドナウエッシンゲンで、Wさんの名前を聞くのを忘れて、この時は、まだ名前を知りませんでした。)
「ああ、これは、Wだ!知っているよ。今晩、ここに到着するので、来たら、連絡させるよ」
と言ってくれました。
夜になって、50周年記念のカヌーの一行が、ぞくぞくとやってきました。そのうち、Wさんが、私のテントを尋ねてきてくれました。
服をずぶ濡れにして、
「この服に触ってみてくれ!」
と、ニコニコ笑っています。ザーザーと水しぶきが身体にふりかかる手振りをして、カヌーの道中が大変だったようです。

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ジグマリンゲン・キャンプ場の横を流れるドナウ川。
ドナウ川とキャンプ場の間を、ドナウ川サイクリング・ロードが走っています。
(2010年撮影)

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ジグマリンゲンのキャンプ場から眺めた、ジグマリンゲン城。

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町の中から眺めた、ジグマリンゲン城。(2010年撮影)

それから、また、数日経った頃。
Wさんの住んでいる、ギュンツブルクのドナウ川を通りかかりました。
そこで、キャンプ場を探していました。すると、カヌーを抱えた40歳くらいの男性に声をかけられ、少し立ち話をしました。同じギュンツブルクでカヌーをやっているのであれば、Wさんを知っているだろうと思いました。また、カメラの中のWさんの写真を見せて、
「このWさんを知っていますか?」
「知っていますよ。ところで、キャンプ場を探しているのなら、カヌー・クラブに泊まりませんか?」
と言われました。喜んで、そうさせて貰いました。
カヌー・クラブ・ハウスは、そこから少し下流にありました。

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ドナウ川サイクリング・ロードのギュンツブルク。(2010年撮影)

クラブ・ハウスで、その男性は、
「倉庫でも、庭でも、好きな場所に、テントを張って下さい。宿泊料は3ユーロです(約400円)。この箱に入れておいてください。」
と貯金箱のような、木の箱を示してくれました。

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ギュンツブルク・カヌー・クラブ・ハウス。
手前が倉庫。その隣に事務所やトイレ・シャワー室があります。
庭の向こうに、ドナウ川が静かに流れています。

こうして、Wさんと出会って、いろいろなめぐりあわせがありました。
Wさんは、
「源流のドナウエッシンゲンからドナウ河口の黒海まで、カヌーで下るのが夢です。」
と言っていました。
「私も、自転車で、ドナウ河口の黒海まで走るのが夢です。」
と、ふたりの思いが一致しました。

この2005年の7年後、2012年に、私は、その夢を実現しました。
Wさんは、その後、夢を実現したでしょうか?
このクラブ・ハウスの前をその後、2008年と2010年に、自転車で、2回走りました。通るたびにメッセージを残しておきました。しかし、その後の消息は、どうなったのか、分かりません。

カールスルーエから来たドライジーネ

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2005年7月のこと。
ウイーン郊外で面白いものに出会いました。上の写真の、ドライジーネという自転車です。

1817年に、ドイツはカールスルーエのフォン・ドライス男爵によって発明された木製の自転車です。現在の自転車と大きく違う点は、ぺダルとチェーンがついていないことです。足で地面を蹴って走ります。

写真を撮影してよいか尋ねると、2ユーロで絵はがきを買ってくれと言われました。
こういう自転車が実際走っているのには驚きましたが、その世界選手権というのがあるのにも驚きました。

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買った絵はがき。絵はがきには、ヴェルナーさんという名前、2004年ドライジーネ世界選手権の副チャンピオン、と書いてあります。

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ヴェルナーさんは、55歳くらいでしょうか。
更に驚くことに、ドライジーネ発祥のカールスルーエから、黒海まで行くと言います。おまけに重そうな荷物を引っ張って、駆け去って行きました。
さすがに、自転車のスピードでは一番遅いと自負する私よりも遅くようです。私を追い越してゆくサイクリストと話す機会があって、このことを話すと、大体皆、どこそこで見かけたと言っていました。

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同じ年、ここまで来る前に、ドイツのカールスルーエを通ってきました。そのとき、カールスルーエのユースホステルに泊まりました。
写真は、そのユースホステルの食堂に書かれている壁画です。カールスルーエゆかりの人たちが描かれていて、中央に、ドライジーネに跨った、フォン・ドライス男爵が描かれています。
山高帽に燕尾服、技術の先端に跨った、いわゆるハイカラさんだったのでしょうね。

その後ろが、「扇形都市」カールスルーエを設計した、ヴァインブレンナーでしょう。
一番左が、自動車の先駆者、カール・ベンツ。
電磁波を発見した、ヘルツは、その右の白衣の男性でしょうか。
顕微鏡を発明したカール・ツァイスの工場があったそうですから、彼もどこかにいるかもしれません。

ドイツ、ルートビッヒスハーフェンのキャンプ場にて

2005年6月のことです。

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ボーデン湖の北のはずれ、ドイツ、ルートビッヒスハーフェン・ボートマンの「湖の果てSee-Ende」キャンプ場に泊まっていました。夕方、自転車の後ろにカートを引っ張った青年が到着しました。
黒いオルトリープのバッグで、ばっちりと、固めています。
夕食後、ワインを傾けながら話す機会がありました。

「オーストリアのブレゲンツから来ました。
これから、シュバルツバルトを超えてフランスに出ます。どこかフランスの海に出て、乗せてくれる船を探して、ポルトガルかスペインに上陸しようと思います。そこからジブラルタル経由アフリカに行こうと考えています。そこで、何か自分の役に立てることがあるかもしれません。」と話してくれました。

引っ張っているカートの荷物の重量だけで 25キロだそうです。
私が写した写真を見て「人相が悪いですね。」と笑っていました。
その夜は、ふたりで、安い赤ワインを空けて話は尽きませんでした。
翌朝、私が起きたときはもう、その青年は居ませんでした。

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ルートビッヒスハーフェン・ボートマンの「湖の果て」キャンプ場から眺めた、ボーデン湖畔のボートマンの町。