フランス横断の旅の大誤算とユーロヴェロ1との出会い

フランス横断の旅 Pottering across France 2011 (53)
フランスの緑の道
フランスの「緑の道」の地図です(2011年8月現在)。
これが、フランスのサイクリング・コースの全体図と考えてよいと思います。今回の旅は、スイスを出発して、フランスの東端から、大西洋岸まで、つぎの経路を通ってきました。
赤い線は、自転車用標識のあるサイクリング・コース。黄色い線は、サイクリング・コース。点線はプロジェクト段階のものです。

Mulhouse ミュールーズ
Besancon ブザンソン
Dole ドール
Chalon-sur-Saone シャロン
Nevers ヌヴェール
Sancerre サンセール
Orleans オルレアン
Blois ブロワ
Tours トゥール
Saumur ソーミュール
Ancenis アンスニ
Nantes ナント
Saint-Brevin-les-Pins サン・ブレヴァン・レ・パン(地図で、Saint-Nazaire と書いてある辺り)

当初、このあと、次のコースを走る予定にしていました。
大西洋岸に沿って、南下~スペイン国境の Biaritz (ビアリッツ)まで。
その後、北東に向かって、Bordeaux (ボルドー)~Angouleme (アングレーム)~ Poitiers (ポワチエ)~Tours (トゥール)~Orleans (オルレアン)~ Paris (パリ)
と走るつもりでした。
ボルドーでは、ワイン浸りになって、身体を壊さないだろうかと心配したり、また、ボルドーの近くにある、我がモンテーニュ先生の隠棲した「モンテーニュの塔」を、終(つい)に訪れることができると、期待に胸弾ませたりもしました。
日本を出発する前には、チューリッヒから大西洋岸のサン・ブレヴァンまでの距離を、1,000キロと見積もっていました。ところが、実際には、1,600キロありました。車の地図を使って、ラフな計算をしたものですから、こんなに大きな誤差が生じてしまいました、これでは、スペイン国境まではおろか、ボルドーまでさえ、行かれません。残念ながら、サン・ブレヴァンから、大西洋岸を南下して、行かれるところまで、行ってみようということに、計画を変更しました。ラ・ロシェルという美しい町があるので、そこら辺りまでなら、行けるのではないでしょうか?
先日、ボルドーから走って来たニュージーランド人夫妻サイクリストに出会いました。
「ボルドーから、良いサイクリング・ロードがありますよ。」
と言っていました。

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ユーロヴェロ6のスタート地点(フィニッシュ地点)、サン・ブレヴァンの海岸。

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第二次大戦中、連合軍のノルマンディー上陸作戦に備えて、築かれた、ドイツ軍の要塞。サン・ブレヴァン付近のあちこちに、このような要塞を見かけました。ドイツ軍にとっては、どこに、連合軍が上陸するのか、わかりませんでしたから、ドーバー海峡から北仏海岸の、こんなところまで、要塞が築かれていたのです。

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これもドイツ軍の要塞。民家と同居しています。

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サン・ブレヴァンで、ユーロヴェロ6(=ロワール河サイクリング・ルート)が、終わりました。ここから、大西洋岸に南下するサイクリング・ロードは、ヴェロセアン VELOCEAN (VELO 自転車 と、OCEAN 大洋=大西洋 との造語)という名前に変わります。このサイクリング・ロードがあることは、先日、出会った、ニュージーランド人夫妻から教えて貰いました。

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サンティアゴ・デ・コンポステラ巡礼の道を示すホタテ貝。サンミシェルにて。
ロータリーの真ん中に立っています。ロワール河サイクリング・ロードが、サン・ブレヴァンで終わりました。この先の、地図を持っていません。本屋さんを探しましたが、なかなかありません。
このロータリーでは、標識を見落とさないように注意してください。

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あとで分かったのですが、上掲のホタテ貝のあるロータリーで、サイクリング・コースが、ふたてに、分かれていました。VELOCEAN のマークに加え、ユーロヴェロ1のマークも出てきます。ちなみに、ユーロヴェロ1は、ノルウェーからポルトガルまでの大西洋岸を走る、「大西洋岸サイクリング・コース」です。全長、8,186キロもあるそうです。

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この地図で、サン・ブレヴァン St-Brevin-les-Pins を南下すると、緑のコースが、Pornic へ行く道と、行き止まりの道に分かれています。間違えて、これを、行き止まりの方向へ行ってしまいました。

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サイクリング・ロードは、海岸へどんどん下ってゆきます。

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海水浴場に着きました。プレファイユ Prefailles という町です。この時は、地図がないので、どのあたりにあるのか、全く分りません。近くに、キャンプ場があるとのことなので、ここで、一泊して、様子を見ることにしました。

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大西洋を見下ろす、素晴らしいキャンプ場。
キャンプ場名は、Eleovic, Prefailles。料金は、28ユーロ(約3,400円)。今回の旅で泊まったキャンプ場の中で、一番高いところでした。

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テントの周りは、キャンピング・カーばかり。

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キャンプ場付近の海岸。ここにも、ドイツ軍が造った要塞がありました。(写真の左上のほう)

つづく
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ヴェロセアン VELOCEAN で、ポルニックの港へ To the port of Pornic par Velocean

フランス横断の旅 Pottering across France 2011 (54)
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プレファイユ PREFAILLES 付近の地図。赤い線が、サイクリング・ルート(ヴェロセアン=ユーロヴェロ1)です。
サン・ブレヴァン St-Brevin から、サイクリング・ルート(ヴェロセアン)を南下して、上掲の地図①のところ(ロータリーになっています)で、直進すべきところを、間違えて、右折してしまいました。そして、プレファイユ Prefailles に泊まったことは、前回述べました。ポルニック Pornic を目指せばいいのですが、昨日、下ってきた急坂を、引き返す気にはなれません。海岸線に沿って行ってみることにしました。

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プレファイユ付近の海岸。

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ポルニックの手前で、サイクリング・ルート、ヴェロセアン Velocean に出ることができました。途中の町で、こんなサイクリング・ロードがありました。車の片側車線をつぶして、サイクリング・ロード(写真右側の道)にしています。車は一方通行(写真左側の道)ですが、自転車は入って行かれます。それほど、長い距離ではありませんでしたが、心憎い配慮です。

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ポルニックに着きました。小さな、綺麗な港町です。先ずはさておき、観光案内所へ行って、上掲の地図と次の行程の地図を貰いました。観光案内所でくれる地図は、地元の地図なので、長距離旅行者は、案内所があるたびに、立ち寄る必要があります。いずれにしろ、早く10万分の一くらいの市販の地図も買わなければなりません。

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ポルニックの港に停泊している帆船

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「The Far Away (遥か遠くへ)」という名前の船。ロマンをかきたてられます。

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港に面して、ムール貝を食べさせる、レストランがいくつかありました。ムール貝は、それほど高い料理ではありません。どちらかというと、安い料理です。ムール貝600グラムとフライド・ポテト 8.8ユーロ(約1,000円)と看板に出ています。ここで、食べて行くことにしました。

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レストランの名前は、「ムール貝屋」です。

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ムール貝だけでは、足りないと思って、ムール貝の定食を頼みました。
まず、前菜が、貝のすり身のムース。

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最後に、カマンベール・チーズ。ワイン・グラス一杯がついて、全部で、12ユーロ(約1,400円)です。

つづく

コレのキャンプ場 Camping of Collet

フランス横断の旅 Pottering across France 2011 (55)
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赤い線が、ヴェロセアンのサイクリング・コースです。標識も、分かり易く出てきます。地図下部の青色や、青色にに白いスジの入っているところは、塩田です。

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ポルニックを出ると、ホテルの私道のような道を走ります。機械の部品で造った、こんな置物が、たくさん並んでいました。

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「死のランタン」という意味でしょうか?側にいる人に何なのか尋ねましたが、よく分かりませんでした。

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「死のランタン」。レ・ムチエ・アン・レ Les Moutiers en Retz という町です。

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「死のランタン」のある広場で。

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ヴェロシアン・マークとユーロヴェロ1・マーク併記の標識。

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砂丘や塩田の中を走って、コレのキャンプ場 Domaine du Collet, Bourgneuf en Retz に到着しました。キャンプ場の入り口。

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コレのキャンプ場。

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キャンプ場の周辺の景色。

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キャンプ場近くの海岸。

つづく

マシュクールの自転車屋さんの友情 "Amities" of a French bike shop

フランス横断の旅 Pottering across France 2011 (56)
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何日か前から、自転車で走っていると、キーキーという不快な音がします。規則正しく、鳴るようです。ペダル三回転に一回鳴るようです。おそらく、チェーンが一回転すると鳴るのだろうと想像がつきます。朝、出発する前に、自転車を逆さまに立てて、チェーンを点検しました。すると、チェーンの部品が、留め具から、下図のように、外れていました。曲がって外れた部分が、フロントのディレーラーを擦(こす)っていたのです。

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ペンチで挟んで、戻そうとしても、うまくいきません。もう、私の手には負えません。下手にいじって、チェーンが切れたら、最悪です。
キャンプ場のレセプションに行って、ブールヌフの町に自転車屋さんがあるか、尋ねました。即座に、
「ありません」
との回答です。
「ちょっと、待ってください」
と言って、レセプションの女性が、パソコンのインターネットで、調べ始めました。
「ここにあります」
と、自転車屋さんの位置を示した地図を印刷してくれました。マシュクール Machecoul という町の地図です。マシュクールは、ここから、15キロほど離れた町です。とにかく、そこへ行かざるを得ません。

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IGN の10万分の一地図。△がキャンプ場。マシュクールは赤丸で囲んだところ。
まず、コレ港 Port du Collet に出て、ブールヌフ Bourgneuf en Retz に出ます。そこから、県道13号線(地図の赤い道路)で、マシュクール Machecould を目指しました。
「知らぬが仏」の間は、気にしませんでしたが、チェーンが切れそうだと、知ってからは、切れるのではないかと、ビクビクものです。下手に刺激を与えないようにと、ギヤ・チェンジをしないで走りました。

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マシュクールの中心。

マシュクールに着いて、地図にある自転車屋さんを探しましたが、見つかりません。近くに、小学生くらいの男女ふたりの子供と、そのお母さんがいたので、道を尋ねました。すると、
「もう、ここにはありません」
との返事でです。一旦、がっかりしましたが、
「郊外に、別の自転車屋さんがあります。そこまでの道が複雑なので、案内しましょう」
と言われた時は、この人たちが、天使に見えました。

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案内された自転車屋さん。
案内してくれた家族連れは、手を振りながら、笑顔を見せて、帰って行きました。
中には、たくさんの自転車が展示してあり、大きな作業場もありました。工場の店(Magasin d'usine)とあるので、ここで、自転車を組み立てて作っているようです。受付をすませて、自転車を預けました。これで、ホッと一安心です。
しばらく経ってから、40歳くらいの男性が、作業場から出てきて、
「ここも壊れています」
と、リヤのギヤの歯車を見せました。一番小さい歯車の歯が何カ所か変形しています。
「これが、原因で、チェーンが壊れたのでしょう。このギヤも取り替える必要があります。」
と言われました。チェーンだけでなく、ギヤを新しいものに変えるように、お願いしました。

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自転車屋さんへの標識。CYCLEUROPE と言う名前です。

この歯車の変形には、心当たりがあります。数年前のことです。リヤの荷台を外した後、留めていたネジを、荷台なしで、フレームのネジ穴にはめておきました。ところが、取り外した荷台の厚みがない分(ぶん)、ネジの先がとび出して、ギヤの歯車に当たったことがありました。きっと、その時に、変形したものでしょう。
それから、またしばらく、時間が経ちました。とうとう修理が終わって、自転車が出てきました。例の40歳くらいの男性が、
「チェーンとギヤを、新しいものに変えました、ギヤ・チェンジも、この通り、スムーズに行きますよ」
と言って、ペダルを回して、見せてくれました。もう大丈夫です。お礼を言って、代金を尋ねました。すると、「友情の印(しるし)に、代金はいりません」
と言われました。びっくりして、材料代だけでも、と言いましたが、受け取ってもらえませんでした。あとで、フランス人のサイクリストと、このことを話したことがあります。
「同じ自転車仲間として、遠路はるばるの旅行の大変さが、分かるので、友情を感じたものでしょう」
と言われました。私も、そういうことだったのだろうと、思います。今でも、時々、思い出しては、温かい気持ちにさせられます。
念のために、この自転車屋さんの住所を、ここに控えておきます。
Cycleurope
27 rue Marcel Bruneliere
BP6 Les vel0s soldes
44270 Machecoul

余談ですが、チェーン・カッターというものがあります。今まで、これを持ちませんでした。これで、チェーンが切れた場合の、応急措置が取れるものならば、持っておこうと思いました。自転車屋さんと相談するつもりです。

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さて、この時は、まだ、上掲のIGNの10万分の一の地図を持っていませんでした。取りあえず、通ってきた県道13号線を戻りました。非常に交通量の多い、恐ろしい道ですが、満足感が、それをカバーしてくれました。
そして、再び、夕べ泊まった、コレ Le Collet まで戻りました。標識には、「カキ(貝)街道、大西洋のヴァンデー」と書いてあります。ロワール河の河口、サン・ブレヴァンから、ここまでは、「大西洋のロワール」という県を通ってきました。どうやら、ここから、ヴァンデー県に入ったようです。

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上の標識の側(そば)に、この写真のキリスト像がありました。私が生まれた年1944年に建てられたものです。この御利益があったのかもしれません。
きょうは、パソコンで自転車屋さんを探してくれた、
キャンプ場のレセプションの女性と、
マシュクールで、自転車屋さんまで案内してくれた家族連れと、
それから、自転車屋さんに、
感謝、感謝です。

つづく

ヴァンデー県に入る Entering Department of Vandee

フランス横断の旅 Pottering across France 2011 (57)
ツールドフランス2
コレの港は、Bourgneuf-en-Retz の海側にあります。地図は、2011年ツール・ド・フランスの公式地図。

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コレの港を出ると、すぐに、ヴァンデー Vandee 県に入りました。

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サイクリング・コースの標識のデザインと呼び名も変わりました。今まで、「ヴェロセアン」だったものが、「ヴァンデーの自転車道」になり、標識のデザインも変わっています。この辺りは、サイクリング・ロードが、まだ、つながっていません。一旦、ボーヴォワール Beauvoir sur Merにでて、そこから、交通量の多い県道22号線で、約6キロ走り、ラ・バール La Barre-de-Monts に出なければなりません。

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ドロドロの海岸になりました。

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ロワール河口の岸にも出てきましたが、網を備えた小屋が、川に並んでいます。

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サンティアゴ・デ・コンポステラへの巡礼の道の標識が出てきました。海岸線を通って行くルートが、あるのでしょう。

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カキ街道だけあって、川の岸はカキの貝殻だらけです。カキの直売店やカキのレストランも、多く見かけました。私は、海のものが苦手なので、余り興味がありません。

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新しくサイクリング・ロードを造っていました。

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風力発電の風車の横を走るサイクリング・ロード。

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県道D22号を、ボーヴォワールから、ラ・バールに向かって行ったところで、キャンプ場のサインがありました。La Barre de Monts (←詳しくはここをクリック)という場所です。
農家の広い庭のキャンプ場といった所です。きょうは、チェーンの問題がありました。いろいろ、いい出会いもありましたが、疲れてしまいした。ここに入って泊まることにしました。

つづく