1 トゥルチェアを出発、ムリギオルMurighiolのキャンプ場へ

1 Camping in Murighiol

8月14日。トゥルチェアの南、コンスタンツァを目指します。あと、250kmあまり。自転車の旅は、コンスタンツァでおしまいです。5月16日、アムステルダムを出発してきた旅も、ラスト・ストレッチというところまで来ました。ホッとするような、寂しいような・・・

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ホテルを出て、南へ向かう街道、222c号線を行きます。早速、ドブルジャ山地が始まるのか、登り坂が出てきます。おまけに、石畳の道です。工事中でもないのに、車が通ると、もうもうたる土煙。ホテルから、この坂道を越すまで、自転車を押して歩きました。

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トゥルチェア(F18)からコンスタンツァ(E5)まで。
これは、bikelineのサイクリング・コースの概略地図です。トゥルチェアに来るときは、イオン・コルビン(F1)から、F のコースを来ました。今度は、トゥルチェアから、E のコースで南下します。E と F のコースの間が、ドブルジャ山地です。この山地をドナウ川 Galati(F14) で、再び、東へ進路を変えています。
トゥルチェア(F18)~コンスタンツァ(E5)間、約250km。

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トゥルチェア郊外に出て、やっと一息つきます。振り返ると、トゥルチェアの町と独立記念塔が見えます。

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街道222c号線を走ります。コンスタンツァの北部まで、このような起伏の多い道が続きます。

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ドナウ・デルタを形成するドナウ川の三分流のうち、いちばん南を流れる、聖ゲオルゲ分流。

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「よろずや」さんの前で、地元の人と、ビールで乾杯。おやじさんは、アンソニー・クインみたいな顔をしています。

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街道222c号線を、ムリギオルという村の手前まで来ると、この車が道の脇に停まっていました。

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ひとりの男がでてきて、キャンプ場とバンガローをやっているので、うちに泊まってゆかないかと、誘われました。それじゃ、一度見てからと、車の後ろについて行きました。
写真が、そのキャンプ場の主人です。

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ムリギオルのキャンプ場の看板。後ろが、私の泊まったバンガロー。街道222c号線に面しています。

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バンガローが四棟と、狭い敷地のキャンプ場があります。そこには、すでにテントが張ってあり、もう一つ張るには、狭すぎます。バンガローが空いていると言うので、バンガローにしました。

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素泊まりで、20ユーロ(約2,000円)です。トイレやシャワーは共同で、相変わらず鍵が掛からなかったり、お湯の出が悪かったりですが、使えないことはありません。

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バンガローの中に飾ってあった、チョウザメ(だそうです)。「ドナウ・デルタ」と書いてあります。

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家の配色が、日本では、なかなか見られないものです。

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バンガローの前にテーブルを置いて。

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向かいに「よろずやさん」がありました。しかし、食べ物が、余りありません。近くに、レストランもありません。キャンプ場の主人が、トマト・サラダなら作れるというので、頼んで、たくさん作ってもらいました。

つづく
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2 ムリギオルのサイドカー

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バンガローに泊まったムリギオルの村のまわりには、ドナウ分流のひとつ、聖ゲオルゲ分流が流れ、その氾濫湖というか、大小たくさんの湖があります。そのため、ここも、その観光地として、キャンプ場やホテルがいくつかありました。
村の中を見物すると、このへんの家に、茅葺の家がありました。泊まった、バンガローもそうでした。

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木彫りの飾りや窓の形に美しいものがあります。

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泊まったバンガロー。

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歩道に突然現れる土管。落ちる心配はないけれど、ぶつかる心配はある。

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突然途絶える舗道。途絶えるだけではなく、下水に落ちる心配あり。あと、3メートルくらい伸ばせば、向こうの歩道とつながるのですが・・・

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ムリギオルのキャンプ場に、サイドカーで、トルコまで行くというドイツ人男性に出会いました。今回、旅の途中、通ってきたドイツ、ドレスデンから来たそうです。

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マシン・トラブルがあり、あちこち電話していましたが、ルーマニアでは、ブカレストでしか、修理できないとのことで、一旦ブカレストまで、戻ることにしたそうです。モーターバイクはBMW製だそうです。

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サイドカーには、恋人ではなく、荷物をつんでいました。
ブログを交換しましたが、無事、トルコ旅行もしたようです。モーターバイクに興味のある方は、次のブログで見ることができます。
sidecar-on-tour.overblog.com
Donau Deltaの個所では、ムリギオルのキャンプ場や、私の写真も登場します。
ブログによると、10週間で、11,039kmを走って、2012年10月に無事帰国したようです。

キャンプ場には、かれの他に、若いドイツ人カップルのサイクリストも泊まっていました。先に見た、キャンプ場に張ってあったテントは、彼らのものでした。スロバキアを出発して、コンスタンツァまで行くそうです。

つづく

3黒海沿岸を走る アジギオル~エニサラ

3 Along the coast of the Black Sea

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ムリギオルのキャンプ場を出発。
引き続き、街道222c号線を走ります。
黒海沿岸、そして、ドナウ・デルタの南部。大小の湖や沼を左右に見て進みます。湿原もあります。写真、白く見えるのは、鳥です。

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一般車道を走っているのですが、静かな風景が続きます。

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飼育場(?)の跡。このような大型の農業施設の廃墟が目立ちました。共産主義の集団農場、ソホーズとかコルホーズとか、学校で習いましたが、そんなものと関係があるのでしょうか?

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畑と山と。

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途中の、ある村では、ロバが道で、休んでいました。犬なら分かるのだけれど・・・

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真っ直ぐな並木道を南下。

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ヒマワリ畑の向こうに見える黒海。地図で見ると、正確には、砂州に囲まれた、大きな内海です。

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ヒマワリ畑と風力発電。

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正面、アジギオル Agighiol という町です。街道222cが突き当たると、街道222号線に変ります。今度は、それを左へ行きます。

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アジギオルの先、サリキオイ Sarichioi という町に宿泊所がある筈でした。しかし、探し当てた、一軒は、満員。もう一軒は、地元の人に頼んで電話して貰いましたが、不在でした。この町に泊まるのは、諦めて、先に進みます。
エニサラという場所で、禿山の上に城塞が見えてきました。

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サイクリング・ロード・マップ bikeline の説明によれば、Cetatea Heracleeaの廃墟だそうです。7世紀に建てられたビザンチン時代の要塞で、13世紀にジェノヴァ人によって、再構築されたものだそうです。そして、14世紀、トルコ軍によって征服されています。

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エニサラの標識。
後から、ムリギオルのキャンプ場で一緒だった、ドイツ人の若いカップルのサイクリストが来て、ここを自転車を押して登ってゆきました。

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城塞の麓の街道222号線脇に、川があります。そこで、子供たちが、ダイビングをして遊んでいました。

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エニサラの自然のままの風景。将来の観光資源が豊富です。

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自然のまま。

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街道222号線の坂道を登ってきたら、さきほどの城塞の裏側にきました。見物したい気持ちもありましたが、もう、その元気がありません。

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宿を求めて、更に進みます。
左前方に、黒海が見えます。

つづく

4 ジュリロヴカJurilovcaのフランス人

4 French couples in Jurilovca

サリキオイで宿が見つからず、更に先に進んできたことは、前に書きました。次の目標は、ジュリロヴカです。

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ジュリロヴカの町に入るとすぐに、街道222号線沿いに、モテルがありました。これで、一安心。

以前、ニュージーランド人夫婦サイクリストから貰った地図、「ドナウ・サイクリング・ロード、Eurovelo6、第8巻」によると、ジュリロヴカの沖に砂州があり、そこにキャンプ場のマークがあります。秘境のようなところみたいです。そこへ行く船の港まで行ってみることにしました。

船乗り場には、砂州の写真など、案内板がありました。小さなボートの船頭さんが、乗って行かないかと誘います。そこに、フランス人夫婦二組のサイクリストもいて、砂州に渡るかどうか、思案中です。船乗り場の周りを見ると、駐車場に何十台(あるいは、何百台?)もの車が駐車してあります。皆、砂州に渡った人たちのものです。秘境と思っていた、かつ、狭いところに、これだけの人間が押しかけていたら、どのような状況か、想像するのに難くありません。

フランス人夫婦が行くのなら、私もジョインさせてほしいと頼みました。しかし、彼らは行かないことに決定したので、私もやめました。私は、さっきのモテルがあることを、フランス人夫婦に教えて、そのモテルに戻りました。二組のフランス人夫婦は、ペンションがある筈なので、そこを探すと言って、私と別れました。

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モテルの部屋。洗面台だけ、部屋に付いていて、トイレ・シャワーは、共同のものが、同じ階にあります。

私が、モテル(Motel Albatros 一泊16ユーロ、約1,600円)にチェックインして、ビールを飲んでいると、さっきのフランス人がやってきました。ペンションが見つからなかったようです。結局、同じモテルに泊まることになりました。

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待ち合わせの時間を決めて、夕食を一緒に食べました。

夕食の時、フランス人夫婦に、帰りは、どのような交通手段で帰るのか、尋ねました。彼らは、私と逆方向に、コンスタンツァからきて、トゥルチェアまで行って、そこから帰るのですが、コンスタンツァのバス会社に寄って、自転車の運送について確認してきたそうです。それによれば、コンスタンツァの駅前バス・ターミナルから出ている、ブカレスト行き大型バスであれば、そのトランクに、解体しないままで、自転車を運んでくれるとのことです。私は、これで行くことにしました。これで、今まで、ずっと心配していた、ブカレストまでの自転車の輪行の問題は解決しました。
その他、この二組のフランス人夫婦には、コンスタンツァの地図を貰って、町の案内や、ここから、コンスタンツァまでのキャンプ場の情報などを、教えて貰いました。

夕食の飲み物は、ジョッキで、小さな樽から出す、非常にまずい赤ワインを飲み、隣の席の現地人数人や、レセプションのイタリア語をしゃべり続けるお姐さんも、一緒になって、大酒盛りとなりました。

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翌朝、私が出発するときには、二組のフランス人夫婦は、もう出発した後でした。

街道222号線は、たまに曲がり角がありますが、ほとんど直線の道をゆきます。

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村の主要交通手段。

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bikelineによれば、ルンカLunca, チャムルリア・デ・ジョス Ceamurlia de Jos あたりに、綺麗な家があると書いてあるので、左右をキョロキョロ見まわして行くのですが、見つかりません。

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写真を写していたら、若いカップルのサイクリストが寄ってきました。ムリギオルのキャンプ場で、一緒だったドイツ人カップルです。短い髪の毛のほうが、女性です。

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チャムルリア・デ・ジョスというところで、街道222号線から、新しく出来た道、65号線で、街道39、22、E87号線という交通の激しい街道に出ます。そこが、バイア Bajaという町です。街道沿いに、ペンションがあったので、ここに一泊します。

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泊まったバイアのペンション。素泊まり一泊18ユーロ(約1,800円)。

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ペンションのレストラン。

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泊まったペンションの向かいのペンション。
泊まったペンションは二つ星。向かいのペンションは三つ星。変更するのは、もう遅い!

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向かいのペンション風景。

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泊まったペンションのレストランのトイレ。

つづく

5ルーマニア・イストリアの「田舎」Rusticというキャンプ場

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コンスタンツァまで、69km。
この日、8月17日。
コンスタンツァからブカレストまでは、バスで輪行する予定です。8月26日のブカレスト発飛行便まで、十分、間があります。69kmというのは、一日行程の距離ですが、ゆっくりゆっくり行くことにしました。

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バイアで泊まったペンションの、向かいにあった、スーパーマーケット(よろずやさん)。
途中、レストランは、まず、ありません。こういうところで、飲み物や昼食の調達をしてゆきます。

バイアは活気のある町です。また、街道22・E87号線が走っていて、交通量も多いところです。どういうわけか、見かけた限りでも、ペンションが三軒、四つ星ホテル一軒がありました。ひとつの小さな町に、こんなにたくさんの宿泊場所があるのは、珍しいことです。

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Mihai Viteazu という場所で、左に折れて、22・E87号線から、226号線に入ります。これで、ようやく、車の追突の恐怖と騒音から解放されます。
しかし、道路の舗装状況が、悪くなりました。

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道端のお堂で、ひと休み。

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イストリア Istria という村に、「Rustic(田舎、という意味)カフェ、テント」という看板を見つけました。

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中年の男性が、ひとりで、その家のリフォームをやっていました。

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「ここで、よければ」と案内された、家の裏庭のキャンプ場。
「昨夜は、フランス人の若い女の子がふたり、泊まっていったよ。キャンプ代は10レイ(約250円)でいいよ。」
泊まってゆくことにしました。

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問題は、トイレ。扉のないのは、まだしも、水洗ではありません。また、洗面用の水がありません。

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水は、翌朝、主人が、大きなポリタンクに水を入れて用意してくれました。
雑草が無ければ、キャンプ地としてはいい場所です。
主人の人柄がいいので、二泊して、雑草刈りでも手伝おうかと、思ったくらいです。

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改装中のレストラン・バー。他に、ペンション二室もリフォーム中。
過去のお客さんが送ってくれた、国旗を壁に飾っています。

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デンマークの国旗には、贈呈先のこのペンション Rustic の名前まで入っています。このデンマーク人家族は、毎年ここに来るそうです。
「日本の国旗を送ったら、飾ってくれますか?」
と聞いてみると、
「勿論。喜んで!」
とのことだったので、送ると約束しました。
(まだ、約束を果たしていませんが、そろそろ手配しなければ。)

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主人が英語をよく話すので、夜は、ワイン・セラーにある、一番いいワインを頼んで、つきあってもらいました。

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近所からお茶を飲みに来たお客さん(右)も一緒に。
そのお客さんに、
「日本人に会うのは初めてです。光栄です。握手させてください。」
と言われて、握手しました。

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キャンプ場のトイレと隣の家。

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隣の猫。

つづく