(22)リポット おいしいハンガリー料理レストラン

From the North Sea to the Black Sea
Part Four: Danube cycling road
(22)Restaurant of delicious Hungarian cuisine

途中、畑の中の道に迷い込んでしまいました。ここは、三度目なのに、道が分からなくなりました。それでも、なんとか、Lipot(リポット?)のキャンプ場にたどり着きました。Holt-Duna Kemping, Lipot。このキャンプ場に泊まるのも、三度目です。

DSC1204245.jpg
こじんまりしたキャンプ場で、真ん中に、写真のサニテール(トイレやシャワー室、炊事場)があります。広い食堂(部屋だけ)もついています。

DSC1204246.jpg
ベルギー人夫婦のサイクリストがいました。そのテントの隣に、私もテントを張らさせて貰いました。プラハ盗難事件以来、人の近くが良くなりました。

DSC1204249.jpg
このキャンプ場は、静かで、非常に気持ちの休まるところです。

DSC124247.jpg
大木を見上げて・・・

DSC1205044.jpg
ドナウ川が何本にも枝分かれしていて、キャンプ場の脇も、その湿地帯になっています。
キャンプ場にある、展望台から。

DSC04238.jpg
道を隔てた向かいに、レストランがあります。ここで食べるのも三度目ですが、いつも、食べるのは決まっています。「ビーフステーキ・ブダペスト風」という料理です。最初に食べたときに、おいしかったので、必ず、これを注文します。メニューに、Belszinjava "Budapest" modra と書いてあったので、写しておきました。ハンガリーの他の店でも、名前を書いたメモを見せて、注文します。すぐ了解して、作ってくれるのですが、ここほど、おいしいレストランには、まだ出会っていません。

DSC1204241.jpg
食べていると、キャンプ場のお隣さん、ベルギー人夫婦もやってきました。
パッサウから、ブダペストまで、走るそうです。

DSC1204251.jpg
茅葺きの屋根と白壁の美しいサニテールのある、キャンプ場です。

つづく
スポンサーサイト

(23)困(こま)ールノか?困(こま)ーロムか?

From the North Sea to the Black Sea
Part Four: Danube cycling road
(23) Komarno? or Komarom?

DSC1204252.jpg
Lipotのキャンプ場を出ると、ジェール Gyor(上地図参照)まで、このような、一般道の脇に作られたサイクリング・ロードを走ります。

DSC1204253.jpg
サイクリング・ロード脇にあった、機関車。

DSC04254.jpg
道路脇の、スーパーabc。cbaというスーパーもあります。西欧の大型スーパーの進出が目立ち、このような、小さなスーパーは苦戦しているようです。

DSC04255.jpg
サイクリング・ロード脇にあった、消火用ポンプ車。

DSC04256.jpg
ジェールに到着しました。ジェールのメイン・ストリート。
何か、ご利益があるのか、あそこが、触られて光っています。
とにかく、暑くなりました。

DSC1204257.jpg
ジェールのメイン・ストリートにて。
大道芸人の写真を写したので、1ユーロ(約100円)をあげました。こんな小さな硬貨は、置いておけないとばかりに、すぐに隠してしまいました。箱の中は紙幣ばかりです。

ジェールを過ぎると、サイクリング・ルートが、前と変っていて、2005年、2008年に通った道とは違うルートでした。ハンガリーは、ユーロヴェロ6のサイクリング・ロード新設に熱心だと感じました。

DSC1204258.jpg
とにかく、暑い!暑い!ペットボトルの水1.5リットル、スーパーで買ったオレンジ・ジュース二本を飲んでしまいました。田舎道に、カフェ・バーがあったので、そこで、ビールを飲むことにしました。

写真は、村の年寄りが、集まって、喋っているところです。マダムに言い寄っている男が、写真を撮られるのをいいことに、半分冗談、半分本気で、マダムに近寄っているところです。

このカフェを出たところで、珍しいことに、50歳くらいの、アメリカ人のサイクリストと出会いました。
「どこまで行くのか?」
と聞かれたので、
「ドナウ・デルタのある黒海まで」
と答えました。
「尊敬します!(I respect you!)。握手させてください。」
と握手を求められました。

DSC1204259.jpg
田舎道に飾ってあった、消火用ポンプ車。
サイクリング・ルートは、こういう村に入っては、出て、森や、畑の中を走り、また村に入っては、出る、という繰り返しです。車の少ない道では、サイクリング専用道路ではなく、一般道を走ることも多くなります。

DSC1204260.jpg
ハンガリーの自転車ルート標識。ブダペストまで、120kmと出てきました。
一番下の標識が、ユーロヴェロ6のもの。これを辿って、ドナウ・デルタまで行ければいいのですが・・・そうは、問屋が卸さない!

きょうは、ハンガリーのコマーロム Komarom(上地図参照)という町にあるキャンプ場を目指します。
ドナウを渡った対岸はスロバキアです。そこには、コマールノという町があります。ハプスブルク帝国の時代は、同じ国でしたから、同じ町でした。ところが、第一次大戦のあと、ハプスブルク帝国は解体し、ドナウ川を境に、北は、チェコスロバキアに、南は、ハンガリーに分離してしまいました。従って、同じ町も、ふたつに分かれてしまいました。

2005年に訪問したときには、橋を超えるのに、橋上のパスポート・コントロールで、厳しくチェックされました。今は、同じEUで、パスポート・コントロールの建物さえ、なくなりました。

DSC1204263.jpg
2005年には、コマーロム(ハンガリー)のキャンプ場、2008年には、コマールノ(スロバキア)のキャンプ場に泊まりました。コマーロム(ハンガリー)のキャンプ場のほうが良いので、今回は、コマーロムのキャンプ場に泊まることにしました。
2008年にはあった、キャンプ場のレストランがなくなっていたので、街に出てきました。エデンという中華料理店があったので、そこに入りました。コーンスープ、トリのカレー煮、チャーハン、ビール一本。これで、1000円程度です。物価は、西欧に比べると、半分から三分の一位、という感じになります。

この中華料理店の前の道を、左に行けば、すぐに、橋があります。橋を渡れば、スロバキアです。

つづく

(24)ボーテル・ヴィオロン 寂しくなった船の宿

From the North Sea to the Black Sea
Part Four: Danube cycling road
(24)Lonesome Bootel Violon

DSC04264.jpg
コマーロムのキャンプ場を出発して、ブダペストに向かう国道1号線脇のサイクリング・ロードを走ります。途中に出てくる、工場・事務所の廃墟後。旧共産圏を走ると、このような工場や農場の廃墟跡にたくさん出会います。

DSC1204265.jpg
こちらは、駅の廃墟跡。あるいは、人がいないだけで、まだ使われているのかもしれません。

DSC1204266.jpg
ここで、ブダペストへ向かう国道1号線と分かれて、エステルゴムへ向かう11号線に入ります。
大部分は、車道の脇に、サイクリング専用道路があります。標識の下に、ユーロヴェロ6の標識があります。ドナウ川サイクリング・ロードは、これに従って走ります。

DSC1204267.jpg
エステルゴムの手前、40kmほどのところに、Neszmelyという場所があります。そこに、ボーテル Bootel (Boot+Hotel) Violin という船の宿があります。

2008europecycling4 119
2008年に、この宿に泊まり、そこのマダムや受付嬢に親切にして貰いました。
(左から二人目がマダム、一番右が受付嬢。2008年撮影。)

midexiti_0001新聞

おまけに、ここで、ジャーナリストのインタビューを受け、ハンガリーの新聞に、私の「ヨーロッパ自転車のんびり旅」の記事が載りました。船の宿のマダムが、あとで、新聞を日本の私宛に送ってくれました。

DSC1204274.jpg
そんなことが、あったので、今年、挨拶とお礼を兼ねて、ちょっと寄ってみました。

DSC04269.jpg
ところが、愛想のない、ご主人だけがいて、もう個人客は取らずに、団体客しか受け付けない、奥さんも、受付嬢も、ここにはいない、ということでした。

DSC1204271.jpg
受付嬢のいない受付。

DSC1204270.jpg
感激の対面を期待しての訪問でした。しかし、実際は、随分寂しい訪問になりました。周りの写真だけ撮らせて貰って、帰ってきました。

つづく

(25)エステルゴム トルコのアンカラから来たオランダ人夫婦

From the North Sea to the Black Sea
Part Four: Danube cycling road
(25)A Dutch couple from Ankara

DSC1204288.jpg
7月1日。この日は、エステルゴム Esztergom のキャンプ場に泊まりました。Gran Camping, Esztergom。ここには、バンガローもあります。左手に、レセプションが見えます。

DSC04289.jpg
キャンプ場の前の道。
右に見えるのは、エステルゴムの大聖堂。
左手に、マリア・ヴァレリア橋が見えます。

DSC04292.jpg
マリア・ヴァレリア橋。
第二次大戦末期、ドイツ軍に破壊され、そのままになっていましたが、2001年に再建されました。対岸は、スロバキアです。ハンガリー側の橋のたもとには、「橋は結ぶ」と彫られています。
船は、主に、ブダペストやウイーンとを結ぶ、観光船です。

DSC04287.jpg
キャンプ場のレストラン。夾竹桃が美しい。

DSC04278.jpg
キャンプ場の夕食。

DSC1204285.jpg
キャンプ場のレストランのコックさん(左)とウエイター。

DSC1204283.jpg
キャンプ場の、パラチンキ(?)とかいう甘いデザート。

DSC1204290.jpg
私のあとに、三組のサイクリストが到着しました。これは、タンデム(二人乗り)の自転車に、トレーラーを引っ張っているので、相当長い。
2,3日前に、このキャンプ場で、自転車の盗難があったというので、鍵のかかるガレージに自転車を預けました。

DSC1204297.jpg
トルコのアンカラまで、飛行機で飛んで、そこから、オランダに引き返すというオランダ人夫婦。奥さんの自転車は、電動自転車でした。ビールを飲みながら、ここまでのルートを聞こうと思って、レストランに誘いました。ところが、レストランは蚊が多くて、話すどころではありません。早々に引き揚げてきました。

つづく

(26)エステルゴム 暑い!暑い!ハンガリー

From the North Sea to the Black Sea
Part Four: Danube cycling road
(26)Hot!Hot! in Hungary

DSC04295.jpg
エステルゴムのキャンプ場を出て、ドナウ右岸を下ると、サイクリング・ロードは、すぐにエステルゴム大聖堂下の公園に入ります。その入り口に、ハプスブルク帝国皇帝フランツ・ヨゼフ一世(1830-1916)の妃、エリザベート(愛称シシ―)の胸像があります。ハンガリーを愛した皇后は、ハンガリー国民から慕われ、ブダペストには、彼女の大きな銅像があり、通りや広場や橋にも彼女の名前が付けられています。

DSC1204299.jpg
ドナウ川は、この岩山に進路を阻まれ、流れを直角に変えて、この辺りから、南進します。

DSC1204300.jpg
ドナウ川を行く観光船。

このあたりで、サイクリング・ロードの主コースは、フェリーに乗って、対岸 Szob へ渡り、ドナウ左岸を走ることになっています。30分くらい待っても、フェリーが来ないので、このまま、ドナウ右岸の副コースをゆくことにしました。主に一般道路、国道11号線を走りますが、車の通行量が少なく、所々、サイクリング専用道路もあり、まずまずの道でした。

DSC1204301.jpg
だんだん暑くなってきました。2,3日前から、暑さが激しく、1.5リットルの水はすぐに飲んでしまい、店があるたびに止まって、ジュースやコーラを飲みます。すると、腕からドーッと汗が噴き出てきます。
自転車で走っていると、道路からの照り返しが、口の中に入って、ヤケドしそうです。
写真は、ヴィシェグラード Visegrad 付近。この柱がなにか、不明。ご存じの方がいらっしゃったら、教えてください。

この日、7月2日ですが、8月半ばまで、この暑さが続きました。ルーマニアでは、街の温度表示板が42℃を示していたり、天気予報で、ブカレストの気温44℃と報道されていました。スペイン、イタリア、セルビヤ、ルーマニア上空には、熱気流が、イギリス、フランス北部上空には、寒気流があったようです。連日、ヨーロッパ南部諸国の山火事がニュースでした。

DSC1204302.jpg
途中のサイクリング・ロード脇の景色。

DSC04306.jpg
途中のドナウ川で泳ぐ人たち。ドナウ川のあちこちで、泳ぐ場所を見ました。海のない国なので、川が泳ぎ場です。日本は海に囲まれているので、「海水浴」には不自由しませんが、川では余り泳がないので、「河水浴」というような言葉がありませんね。

DSC1204309.jpg
道端で売っていたスイカ。

DSC04310.jpg
噴水を見ながら、一休み。

DSC04311.jpg
サイクリング・ロード脇の、ヤナギかカバの木の、太い古木。向こうにドナウ川。
ここまで来れば、きょうの目標、センテンドレまで、もうすぐです。

つづく