(63)プラハに到着

第二部 エルベ川サイクリング・ロード
Part Two: Elbe cycling road
(63)Arriving in Praha

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ドレスデンからプラハまでのサイクリング・ロード。この間、約300kmあります。

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モルダウ川の岸辺も、平らになってきました。

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プラハの手前、トロヤというところでは、モルダウ川をせき止めて、急流を作り、カヌーの練習場になっていました。

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一艘、ひっくり返って、二人が川に投げ出されました。救助に行こうかと思いましたが、大丈夫なようです。
左手隅に見えるのが、サイクリング・ロード。

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いよいよ、プラハの中心、カレル橋に到着しました。
さあて、どうするか?プラハには、何度か来たことがあるので、このカレル橋と、旧市庁舎の天文時計を見ることにしました。

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カレル橋の入り口。自転車を押して歩くのが、ためらわれるような人ごみです。

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旧市街橋塔入口にて。

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橋の上から、360度、どちらを見ても、素晴らしい眺めです。

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それにしても、凄い人。

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中国人女性に写真撮影を頼まれて、そのあと、私も写して貰いました。

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カレル橋を渡った向こうに、京都飯店という中華があったので、そこで昼食にしました。

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酢豚定食を食べました。

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そのあと、旧市庁舎天文時計に向かいましたが、なかなか出てきません。おかしいなと思って、地図をみると、カレル橋から反対側に来ていました。方向音痴に加えて、記憶違い!もう行くのは、諦めて、キャンプ場へ向かいました。
写真はモルダウ右岸から見たカレル橋。

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モルダウ川に浮かぶ、ボートと遊覧船。

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キャンプ場は、カレル橋から南へ3kmほど下って、モルダウ川の川中島にあります。橋もあるはずなのですが、行き方が、なかなか分かりません。結局、写真の渡し船があるのを教えて貰い、これに乗って、島に渡りました。

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キャンプ場は、川中島の芝生の上にある素敵なところです。
Caravan Park, Yacht Club, Praha というキャンプ場です。

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モルダウ川を隔てた岩山の上に、教会が見えます。

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観光船が、しきりなしに、通ってゆきます。

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教会のある、対岸の岩山は、城塞跡のようにも、見えます。

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反対側の川の岸辺には、ボーテル(ボートのホテル)が係留されています。

こうして、プラハまで来ました。「エルベ川サイクリング・ロード」の旅も、ここで終わりです。

この日、6月19日。
アムステルダム出発から数えて、35日目。
累計走行距離、1,793km。

こうして、静かに、日は暮れてゆきます。
しかし、明朝、とんでもないことが起こりました。

つづく
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(1)しまった!プラハ・キャンプ場の盗難

From the North Sea to the Black Sea
Part Three: Greenway Praha-Wien
(1) Two bags stolen in the Praha camping

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プラハのキャンプ場で、翌朝起きた時のことです。出発の準備をしていました。フロントのバッグを自転車に取り付けようとしたら、そのバッグ2個が見当たりません。周りを探しましたが、ありません。

しまった!盗まれた!

ヨーロッパでは、盗難にかなり注意しているつもりですが、この時は油断してしまいました。昨夜寝るときに、フロント・バッグ二個をテントの外に、置きっぱなしにしておいたのです。キャンプでは、荷物をテントの外に置かないというのが、鉄則です。

キャンプ場の受付に届けました。受付では、
「防犯カメラがあります。それで、チェックして、犯人が写っていたら、警察に届けましょう。写っていなかったら、警察に届けても、無益なので、届けません。」
さっそく、係りの人がきて、防犯カメラのチェックに取り掛かりました。

私は、自転車のフロント・バッグには、日常使わないものを入れてあります。思い出すだけで、次のようなものがあります。

・輪行バッグ
・自転車解体時に、自転車を縛る紐など
・スペアチューブ2本
・タイヤ外しレバー、ペダル取り外し用15㎜スパナ、ネジ回し等の工具
・レイン・ジャケット、ズボン
・寒い時用の、長袖ジャージー、タイツ
・薬(糖尿病、高血圧、コレステロール)約1.5カ月分
・地図数冊
・日本の記念切手シート7枚
・エアチケット(帰りのブカレスト→ロンドンの時間がわからなくなりました。)

こう見てゆくと、お分かりの通り、自転車をやらない人には、あまり役立たないものばかりです。金目のものといえば、切手シート位でしょうか。
ひょっとして、泥棒がこんなものいらないと、どこかに捨ててしまったかもしれません。防犯カメラのチェックを待っている間、島の周りを探してみました。

すると、キャンプ場から、50メートルくらい離れた岸辺に、ビールのコースターが散らばっていました。これは、ドイツで、ビールを飲むたびに、私が集めておいたものです。また、もうすこし離れた岸辺に、チューブの Panasonic と書いた包装紙と空気枕の修理部品が捨ててありました。こうして見ると、ほんとうに、不要なものを捨てて、他は持ち去ったものと考えられます。こちらには、泥棒市場みたいなものもありますので、そんなところで、捌けるのかもしれません。

もう、あきらめました。

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周りは、いつもと変わらない、平穏な風景。
(この場所は、盗まれた場所とは関係ありません。対岸に渡った時の風景です。)

防犯カメラのチェックの結果は、レンズの前に蜘蛛の巣が張っていて、よく見えなかったとのことです。レセプションで、自転車屋さんの場所を、コンピューターで調べてもらい、その地図を持って、自転車屋さんを探しに出かけました。取りあえず、スペア・チューブを買わなければなりません。

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さて、これから、何を揃えたらよいだろうか?大体、バッグそのものを盗まれたので、全部買う訳にはゆくまい、などと考えながら、島から出る渡し船に乗りました。

つづく

(2)プラハから黒海まで、あと、3200km

From the North Sea to the Black Sea
Part Three: Greenway Praha-Wien
(2)3200km more to the Black Sea

プラハのキャンプ場で調べて貰った自転車屋さんは、モルダウ川左岸にあります。交通量の多い街中を走りました。大きなバス・ステーションの裏側の道に、その自転車屋さんを見つけました。

盗まれたものの補充として、次のものを買いたいと考えました。

・Ortliebのフロイント・バッグ2個黄色(この在庫を持っている自転車屋さんを期待できないのは、分かっていました。)
・スペア・チューブ2本
・パンク修理キット
・レイン・ジャケット黄色(ズボンは無で済ますことに決めました。)

結局、バッグと気に入ったレイン・ジャケットはなく、チューブとパンク修理キットのみ買いました。チューブのサイズは、650A, 26x1-3/8 French valve というものです。太さの同じものがなく、ひとまわり太いものを買いました。これから先、黒海まで、このサイズのFrench valveのものがなく、ここで、手に入っただけ、ラッキーでした。セルビヤから先、8回パンクしましたが、使用中の2本と、この2本で、なんとかやりくりしました。

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プラハからウイーンまでの周辺地図。

さて、昨日のプラハ到着で、エルベ川サイクリング・ロードの旅は終わりました。今日からは、Greenway Praha-Wien というサイクリング・ルートで、プラハからウイーン(正確には、ドナウ河)を目指します。サイクリング・ルートは、プラハを出て、ターボルを通り、ブルノの南を回って、ウイーンに入ります。

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地図は、この写真の、Greenway Praha-Wien という地図を使います。縮尺11万分の一の地図ですが、bikeline の精度のよい地図に比べると、ちょっと頼りありません。amazonで、日本でも、入手できます。

尚、bikelineに、「モルダウ・サイクリング・ロード Moldau-Radweg 」という地図があります。これでも、プラハからドナウ河(リンツの辺り)にでることができます。これも買ってみましたが、アップダウンが多く、私には、このコースは無理と判断して、Greenway Praha-Wienのほうを、採りました。

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アムステルダムから黒海まで。
D: Dresden
P: Praha
L: Linz
W: Wien

アムステルダムから黒海まで、5000kmとして、ここまで、約1,800km走りました。あと、3,200kmあります。期間は、まだ2か月と10日、約70日もあります。サイクル・ツーリングを十分楽しむことができます。盗難には、会いましたが、荷物が軽くなった分、楽になりました。
これから先、また、何が起きるでしょうか?
合言葉の「先を急がず」のんびり行きましょう。

つづく

(3)緑道無宿、ホテルがない!ドブジェヨヴィツェDobrejovice周辺

Greenway 第一日目。
プラハから出るのに、A22というルートがあるはずなのですが、なかなか見つかりません。ようやく、見つかりましたが、そのあと、プラハのベッドタウンという感じの町々の中や、鉄道駅の構内を通ったりして、しばらく、複雑な道が続きます。

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ドブジェヨヴィツェというところで、初めて、Grenway の標識が出てきました。一番下の標識の緑のマークが、Greenway。

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ドブジェヨヴィツェ Dobrejovice へゆく途中の、白いケシの花畑。

Greenway の地図によれば、このドブジェヨヴィツェに、キャンプ場があるはずです。レストラン兼ホテルがあったので、尋ねてみました。すると、以前ここが、キャンプ場だったが、今はやっていないとのこと。
お腹が空いたので、ここで夕食をとることにしました。

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ドブジェヨヴィツェの、おいしい夕食。左側の上隅に、Greenwayの地図が開いてあります。

ここは、ホテルでもあるので、部屋が開いていないか聞いてみました。満員だとの返事です。
レストランで飲んでいた他のお客さんたちも寄ってきて、いろいろ尋ねられます。
なんとか、ホテルの敷地にテントを張らせて貰えないか、頼みましたが、ダメです。
お客さんたちが、あそこに行けば、キャンプ場があるとか、ホテルがあるとか、教えてくれます。それを頼りに、また、出発しました。

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ドブジェヨヴィツェを出ると、へリンクという町。そこで、再び、出てきたケシの花畑。

お客さんの教えてくれた、町を、みっつ、よっつ、訪ねました。そこで、キャンプ場やホテルを探しましたが、満員だったり、なかったり。そのうち日が暮れかけてきました。真っ暗になったら、大変です。また、へリンクまで戻って、テントで野宿することに決めて、場所を探しました。人目に着く場所は危険なので、テントを張らないこと、というのは、bikeline の勧めです。もう、21:00になりました。一般道から、農道を入ったところを、高速が走っていて、その側に、人目につかない、平地の草むらがありました。そこにテントを張ることにしました。
Greenwayツーリング、第一日にして、野宿となりました。これが、今回の、100日余りの旅で、唯一のワイルド・キャンプ(キャンプ場ではない場所での、キャンプ)です。

昨晩、雨がふりました。一般道に出る農道は、非舗装路です。翌朝、ブレーキに泥が挟まって、自転車がうごかなくなりました。

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ブレーキ部分。

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泥除け部分。

ルーマニアで出会ったオーストリア人親子のサイクリストも、ブルガリアの土手道を雨の日に走って、泥のため動けず、3kmの道を4時間かかったと、おなじような、写真を見せてくれました。

つづく

(4)激しい起伏のGreenway、セドルチャニSedlcanyに宿泊

自転車の泥を落として、へリンクを出発です。

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素晴らしい天気と景色です。

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チェコの青い空と白い雲。
景色と天気は、良いのですが、道がどうも変です。プラハ近郊までは、部分的に、サイクリング専用道路がありました。それからは、自動車と一緒に走る一般道です。道路わきのサイクル・レーンはありません。交通量の激しい道路は避けてあるようです。

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そこまでは、いいのですが、余りにもアップダウンが激しく、おまけに、ひとつや、ふたつではありません。何度も自転車から下りて、坂道を自転車を押し上げることになりました。
地図を見ると、標高400~600メートル辺りの起伏を走っています。

途中、オランダ女性サイクリストの一人旅と出会いました。パッサウからプラハへ、行くそうです。お互い、通ってきた場所の情報交換をします。フランス人サイクリストから貰った、プラハ周辺地図が役にたちました。私は、もう、使わないので、彼女に差し上げました。
彼女は、チェコは宿が少なく、探すのが大変、と言っていました。私も、昨夜の宿なし事件とプラハ・キャンプ場の盗難事件を話して、気を付けるように、言いました。

昨日は、ワイルド・キャンプでした。キャンプ場以外の場所にテントを張る、野宿です。ヨーロッパの国では、大体禁止されています。チェコでも、禁止のはずです。
早くどこかに落ち着いて、歯を磨いたり、洗濯をしたいので、Greenwayの地図で、ホテルマークを探しました。セドルチャニ Sedlcany という町にありそうです。

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セドルチャニの町の中心広場。

まだ、お昼ですが、町に入って、ホテルを探しました。中心の広場に、中年の男性がいたので、ホテルがないか、訪ねました。(言葉が通じませんから、とにかく、「ホテル」を強調して、なにか言えばよいのです。)すると、こっちへ来い、というばかりに、歩き始めました。何歩もあるかないうちに、ここだよと指差します。広場に面したところにありました。

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広場のおじさんに案内してもらった、ホテル・フロリアン。

早速、シャワーを浴びて、歯を磨いて、髭を剃って、洗濯をして、さっぱりしました。
そのあと、広場に出てみました。

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広場に面した建物。市役所?

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タバコ屋さんは、まだまだ、健在。

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今回、回った旧共産圏では、このようなミニ・スーパー(万屋さん)が、たくさんありました。

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飲み屋の壁に貼ってあった、本家ピルゼン・ビールの看板。

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通路があって、建物の裏側にまわれるようになっていたので、入ってみました。

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建物の裏庭。

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泊まったホテルで食べた、「上海地獄」という料理。地獄という名前は、辛いからでしょうか?

つづく