サン・マロからパリへ

From Saint Malo to Paris
Friday 30.06.2017, the 42nd day (1)
6月30日 金曜日 42日目(1)

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今日は、いよいよ、パリへ戻らなければなりません。
ホテル(・イビス・バジェット・サン・マロ・サントル)で朝食を済ませ、駅へ向かいました。
写真に、Gare とあるのが、駅です。

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サン・マロの鉄道・長距離用路線バスの駅。

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駅内部。
切符は、日本出発前にインターネットで予約しておきました。そのメモだけで、乗れるのかどうかわかりません。それを、窓口で見せると、切符を発行してくれました。

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駅員さん。

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電車とバスの出発時間。
パリへ行く、私の電車は、TGVの、
サン・マロ発 11:40
パリ モンパルナス着 14:50
です。どういう訳か、サン・マロ発が、11:44となっていました。

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まだ、出発まで間があります。ビールを飲むには、ちょっと早すぎますが、飲むことにしました。午前中に飲むビールは、よく効きます。すっかり、いい気分になってしまいました。

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停車中のブルターニュのローカル電車。

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TGVの到着を待つ、掃除のおねえさん。

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私の乗るTGVがホームに入って来ました。

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TGVから降りてくる乗客。もう明日から、7月だというのに、皆さん、冬支度です。

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同上。

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待機中のTGVと、ブルターニュのローカル電車。

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そのうち、TGVに客が乗り始めました。
掃除のおねえさん(写真左)は、掃除を終えて、引き揚げてきました。ご苦労様。
ガラガラの車内を想像していましたが、ギッシリの超満員。途中。トイレへ行くのが、大変でした。

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パリのモンパルナス駅に着くころは、土砂降りの雨。
楽しかった旅が終わってしまいました。うら寂しい、気の抜けた気持ちに、さらに重くのしかかる雨でした。
駅ホームが工事中で、屋根がありません。超満員のお客が、雨に降られて、ホームの上は大混雑。

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それでも、なんとかパリに戻って来ました。
メトロを乗り換えるシャトレ駅。

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今回も、日本から来た時に泊まったのと、同じ宿に泊まります。ムフタール街にある、Young & Happy Hostel です。一泊、28ユーロ。3泊します。
前回、泊まったのは、5月20日頃でした。もう明日から7月に入ります。前回は、空いていましたが、そろそろ、バカンス・シーズンです。受付がいっぱいでした。

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ホステルの受付嬢、ルーシーさん。

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部屋に入って、荷物の整理をしていると、もうひとり若い男性が到着しました。東洋系のアメリカ人、フィリップ君です。彼も、私と同様、3泊していました。
この部屋は、二段ベッド三つの、6人部屋です。三日間とも満員でした。

エメラルド海岸の道 終り
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サン・マロの最後の晩餐

The last dinner at Saint Malo
Thursday 29.06.2017, the 41st day (6)
6月29日 木曜日 41日目(6)

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博物館から見える城塞島。
厚い壁に圧迫されそうな、牢獄のような博物館の中から出て、ホッとしました。すぐに、城壁の外に出る門があったので、外に出てみました。

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サン・マロの北東にある、一番賑やかな門。城壁内(アントラ・ミュロス)に入る門、サン・ヴァンサン門です。
壁の左側に、サン・マロの紋章、右側に、ブルターニュ公国の紋章が飾られています。

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昔のサン・ヴァンサン門。写真左側に門が見えます。

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門を出て左側に小さな公園があります。そこにあったメリーゴーラウンド(カルーゼル)。

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サン・ヴァンサン門の外から見た、「城壁内」。
喉が渇いたので、再び、サン・ヴァンサン門をくぐって、城壁内に入りました。

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サン・ヴァンサン門を入って、すぐ右に、綺麗なカフェ・レストランがあったので、そこに入ってビールを注文しました。
テラスに腰かけ、街の雰囲気を味わい、人の流れを見ているのに、最高の場所です。もう、明日、サン・マロを後にして、パリへ戻らなければなりません。いよいよ、旅の終わりです。

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Photo from the site of "saint-malo-tourisme".
写真は、観光案内所のサイトから拝借。Le Lion d'Or というカフェ・レストランです。
右手に、サン・ヴァンサン門が写っています。
夕食に、ホテルから、また出直すのは面倒です。近くに。テイクアウトの軽食屋さんがあったので、そこで、サンドイッチとビールを買っておきました。

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そして、城壁の外側を通って、ホテルへと戻りました。
城壁内に入るいくつかの門があります。これも、そのひとつ。

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更に、もうひとつの門。

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ホテルの部屋にて。
結局、さっき買ってきたサンドイッチが、サン・マロでの最後の食事となりました。

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パン一本分のサンドイッチを食べきれません。その半分を、ホテルの部屋の窓辺に置いておいたら、カモメが、見つけたのか、匂いで分かるのか、窓辺に飛んできました。どうせ食べきれないので、半分を窓枠の上に置いておいたら、すぐに咥えて、去って行きました。

サン・マロ歴史博物館

Musee d'Histoire de la Ville of Saint Malo
Thursday 29.06.2017, the 41st day (5)
6月29日 木曜日 41日目(5)

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サン・マロ城塞の北東の端に、歴史博物館があります。入ってみました。
ここは、サン・マロの市役所にもなっています。

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17世紀、フランス最大の港だったと言われるだけあって、展示の殆どが、海洋に関する物です。

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サン・マロの活躍を讃える絨毯(ひとつ上も)の一部。

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レネ・デュゲ・トルーアン Rene Duguay-Trouin (1673-1736) の像。サン・マロ生まれの私掠船船長。

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船首を飾る像(?)だったと思います。

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エメラルド海岸という名前の舟。

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カンカル博物館にも同じものがありました。二段ベッドだと思ったのですが、その正体や如何に?
追記:Wikipedia によれば、lis-clos (英語で、closed bed または、box-bed)。ベッドですが、戸棚のように見えます。また、服を収めるタンスとしても使われました。

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ボックス・ベッド。ブルターニュ独特のもののようです。Photo from Wikipedia.

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船首を飾る像。

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サン・マロの絵。

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カナダの発見者と言われている、ジャック・カルチエ(1491-1557)の想像画。コロンブスのアメリカ大陸発見の一年後に生まれた人です。

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以下は、博物館の一番高い所からの眺めです。
ひときわ高い塔は、サン・ヴァンサン大聖堂のものです。

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この写真だけは、フランス観光開発機構のサイトから拝借したものです。
ひとつ上の写真と、ほぼ同じ場所を、空から撮った写真です。

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エメラルド海岸。美しい海の色です。

サン・マロの城壁の上で

On the wall of Saint-Malo
Thursday 29.06.2017, the 41st day (4)
6月29日 木曜日 41日目(4)

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昼食を終えて、サン・マロの海岸を見るために、城壁のある方へ向かいました。
「浜辺へ(Plages プラージュ)」という案内に従って進みました。

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城壁に登ると、グラン・ベ(手前)と、その後ろに、プチ・ベという島が見えました。一回りはしませんでしたが、ブラブラと城塞の上の道を歩いてみました。

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地図上のIntra-Muros (城塞内)の左上にある、Le Grand Be, Le Petit Be とあるのが、それです。引き潮のときには、浅瀬を歩いて渡れるそうです。

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グラン・べ島の右端に、、フランスの作家、フランソワ・ルネ・ド・シャトーブリアン Francois-Rene de Chateaubrian の墓があります。

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シャトーブリアンの名前だけは知っていますが、本を読んだことがないので、詳しいことは知りません。

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ジャック・カルティエ Jacques Cartier (1491-1557)の像。
「セントローレンス川を航行し、現在のケベック市やモントリオールの地を訪れ、カナダの発見者とされるジャック・カルティエは、サン・マロに住み、サン・マロから航海し」(Wikipediaより)ました。

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ロベール・スルクフ Robert Surcouf (1771-1827)の像。
コルセール corsair の一人です。コルセールとは、「敵国の艦船の襲撃や拿捕を特許状により認められた民間船舶」(小学館仏和大辞典より)のことです。所謂、海賊のことは、pirate と言って、区別しています。
「サン・マロは、その後、誰の命令にも服さない、凶暴な海賊の根城として悪名高くなった。1590年から4年間、サン・マロは、「フランス人でもなく、ブルターニュ人でもなく、サン=マロ人だ」というモットーを掲げて、独立共和国であるとの宣言さえした。サン・マロの海賊・私掠船「コルセール」は、英仏海峡を通るイギリス船に通行料を課しただけではなく、さらに広い範囲から富を持ち帰った」(Wikipediaより)そうです。

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美しい帆船が、港に帰ってきました。

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サン・マロの東側の城壁。重い雲が立ち込めていますが、幸い、天気予報ははずれて、雨は降りませんでした。

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こちらは、城塞の北側を見たところです。

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サン・マロ城塞都市の北にある、城砦島。上掲地図で、Fort national とある島です。
人が浅瀬を渡っていました。

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城塞の壁に止まるカモメと浅瀬を楽しむ人々。

サン・マロの城壁の中へ

Into the wall of Saint-Malo
Thursday 29.06.2017, the 41st day (3)
6月29日 木曜日 41日目(3)

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ラ・シテ・ダレ La Cite d'Alet から、サン・マロの城壁内の街に向かいました。

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この地図上のBの地点から、赤い線(GR34)を伝って、サン・マロの城壁内の街(Intra-Muros)に向かっています。

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城壁の南東の角。

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地面に、なにか動物の絵の銅版が埋められていました。調べてみると、このマークは、サン・マロの紋章でした。動物は、アーミン(hermine エルミーヌ)、オコジョの一種だそうです。

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これは、ブルターニュの旗です。左上の11の模様は、アーミンの毛皮をデザインした模様だそうです(小学館仏和大辞典より)。
Wikipediaで、更に調べてみると、次のようなことが分りました。
「ブルターニュの旗は、・・・ブルトン語で白黒を意味するGwenn ha Duと呼ばれており、アーミン(エルミーヌ)のスポットが11、そして9本の縞模様からなる。・・・
ブルターニュの紋章である・・・アーミンはずっと以前よりブルターニュで用いられてきた。その起源の手がかりはない。それはおそらく、フランスのフルール・ド・リスとの類似性から、代々の公爵たちに選ばれたのだろう。アーミン、またはオコジョは、14世紀後半に、ブルターニュ公ジャン4世の紋章の動物となった。
・・・庶民の伝承によると、アンヌ・ド・ブルターニュが自らの宮廷を引き連れ、狩猟に出かけたとき、汚い湿原を横切るよりも、死を選ぶという白いオコジョを見つけた。このエピソードは、女公アンヌのモットー「不名誉よりも死を」にインスピレーションを与えたとされる。このモットーは、後に、ブルトン連隊、第二次世界大戦中の地元レジスタンスや文化運動で再度利用された。」

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サン・マロの紋章。
ということで、アーミン自体は、ブルターニュの紋章です。サン・マロの紋章は、アーミンを使うことで、サン・マロが、ブルターニュの一員であることを示しています。そのアーミンが柵の上に乗っていますが、そのことが何を意味するのかまでは分かりませんでした。

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食前。
城壁の中に入ったころ、ちょうど、昼食時になりました。クレープ屋さんに腰かけて、またも、しかし、これが最後のムール貝を注文しました。

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食後。

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食事を終えて、後片付けをしている店員さんに、パリから歩いてきたんだと話していたら、びっくりして、店の中に入ってゆきました。すると、他の店員さんに、そのことを話したのでしょう、他の店員さんまで店内から出てきて、わざわざ私を見に来ました。サンティアゴの巡礼路とは違って、このあたりの「道」は、長距離を歩く巡礼(旅行者)が、めったにいないのでしょう。