欧州の細道 - わが生涯最後の旅の夢

欧州の細道 その1

流離(さすら)うような旅が好きです。子どもの頃から、ヨーロッパが好きでした。ヨーロッパを流離(さすら)いたい思いが絶ちきれません。常日頃、ただひたすら、ヨーロッパの見知らぬ道を流離うことを考えています。あの道、この道と、夢が、どんどん膨らんできます。
今年、72歳になります。さいわい、今の所、身体の、大きな故障はありません。おそらくは、「ヨーロッパのんびり旅」を、80歳まで続けられるだろうと希望しています。それでも、今年の分を除くと、あと8回しかできません。

「旅に病(やん)で夢は枯野をかけ廻る」

芭蕉ではありませんが、いろいろな夢が、今、ヨーロッパの見知らぬ道を、かけ廻っています。夢の実現に向けて、インターネットで、その概要や案内書などを調べています。今、思いついた夢だけでも、下記の通りあります。ざっと計算して、12年分あります。とても、8年では済みません。焦るような気持にさえなります。今後、もっと詳しく調べていきながら、対象を絞ってゆくかなければなりません。これらの道について、現在まで分かった、皆様の参考にもなればと思って、その概要や案内書などを、これから、順次紹介していきます。

注(1)徒歩か自転車か?
2004年から、「ヨーロッパ自転車のんびり旅」を始めました。そして、その10年後、2014年からは、自転車のかわりに、徒歩の旅を始めました。始まりは、「サンチャゴの道」です。その結果、歩く旅の魅力にとりつかれました。ブログの名前も「自転車」をはずして、「ヨーロッパのんびり旅」としました。
何と言っても、歩くのは、自転車と比べて、身軽で、フレキシブルで、自由です。ただ、ひとつ問題があります。重い荷物を自転車ほど持てないということです。徒歩では、テント他のキャンプ用品を運ぶのが困難となります。サンチャゴの巡礼路のように、安い巡礼宿が頻繁に出てくる道は徒歩でもよいのですが、宿泊所がなかなか現れない道だったら、どうするか?今後の検討課題です。

注(2)旅の期間
シェンゲン協定(←詳しくは、ここをクリック)によれば、EC域外の日本人の場合、一年の内、3か月は、シェンゲン協定国に(大体のEC加盟国ですが、イギリスや東欧は含まれず、逆に、スイスは含まれます。)、滞在可能です。しかし、体力その他、もろもろの事情を考慮して、2か月前後として予定を組みます。

注(3)一日に進む距離
できるだけ、距離や時間に縛られたくないので、一日に、何キロ進もうと構わないのですが、日本との往復のフライト等との関係もあり、一応、次の通りを目安としています。
・歩く場合は、一日15キロ。
・自転車の場合は、一日50キロ走るとして計算します。
それを二か月間続けるとして、
・徒歩の場合、一回(一年)に900キロ前後、
・自転車の場合は、一回(一年)に、3,000キロ前後の旅が可能です。

以下、夢に出てくる旅を纏めてみました。今後、ひとつずつ紹介してゆきます。

1. モン・サン・ミシェルへの道
経路:パリからモン・サン・ミシェルまでの遊歩道
距離:550km
所要日数:徒歩で、37日。一回(一年)で、OK。
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パリからモン・サン・ミシェルまで。案内書の地図。
GRというのは、フランスその他の長距離遊歩道(Grandes Randonees)の番号です。

2.トゥールの道(サンチャゴの道のひとつ)
経路:ブラッセル→パリ→トゥール→サン・ジャン・ピエ・ド・ポール
距離: 1,400km(?)
所要日数:徒歩で、93日。二回(二年)に分けて。

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トゥールの道のガイドブック。

3.ヴェズレイの道(サンチャゴの道のひとつ)
経路: ナミュール→ヴェズレイ→ペリグー→サン・ジャン・ピエ・ド・ポール
距離: 1,500km(?)
所要日数: 徒歩で、100日。 二回(二年)に分けて。

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案内書の地図。ナミュールからヴェズレイまで。

4.マルセイユ・プロヴァンス周遊
経路: プロヴァンス周遊。(含む、マルセル・パニョルの遊歩道)
距離:365km
所要日数: 徒歩で、24日。一回(一年)で、OK。

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マルセイユ・プロヴァンス周遊のガイドブック。

5.地中海のバルコニー
経路: アルルからマントンまで
距離: 508km(?)
所要日数: 徒歩で、34日。一回(一年)で、OK。

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アルルのアリスカン入口にあった案内板。ローマまで、Via Aurelia GR653Aで、1,154km。2015年撮影。
次に述べる、「リビエラ海岸からローマまで」の道に、マントンで繋がっています。そういう意味で、これも、サンチャゴの道のひとつです。

6.リビエラ海岸からローマまで(サンチャゴの道のひとつ)
経路:マントンからローマまで
距離:800km(?)。
所要日数: 徒歩で、53日。一回(一年)で、OK。

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Via della Costa (リビエラ)海岸街道の案内書。

7.ポー川サイクリング・ロード
経路:ミラノからポー川河口まで
距離: 595km
所要日数: 徒歩で、40日。一回(1年)で、OK.。

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bikeline のポー川サイクリング・ロードの案内書。
最後に付した、過去の「のんびり旅」の通り、主要ヨーロッパ諸国の中で、イタリアだけは、まだ足を踏み入れていません。この旅は、是非実現したいものです。

8.地中海サイクリング・ロード(ユーロヴェロ8)
経路: スペインからギリシアまで、地中海沿岸の国を走る
距離: 5,888km
所要期間: 自転車で、118日。二回(二年間)に分けて。
これこそ、その壮大さ、素晴らしさ、実現可能性の困難さからして、夢のような話です。

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ユーロヴェロ8のルート(ユーロヴェロのサイトから)。
ユーロヴェロというのは、ヨーロッパ長距離サイクリング・ロードです。

9.銀の道(サンチャゴの道のひとつ)
経路: セヴィリアからサンチャゴまで
距離:1,000km
所要日数: 徒歩で、67日。一回(一年)。

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中央のグレーの点線が、銀の道。Sevillaから Astorgaまで。John Brierley's Camino Portugues より。

尚、2004年から、次の通りの、のんびり旅をしました。
2004年から2013年までは、サイクリング、2014年から2016年までは、徒歩です。

2004年 ライン川・セーヌ川紀行(フランクフルト~セーヌ川~アムステルダム)2,900km 
2005年 ドイツ~ライン川~ドナウ川~ブダペスト 2,700km
2008年 オランダ~ライン川~ドナウ川~ブダペスト 3,300km
2009年 ライン川紀行(チューリッヒ~フランクフルト) 800km
2010年 ドナウ川紀行(チューリッヒ~ウイーン) 1,000km
2011年 フランス横断(チューリッヒ~ロワール川~大西洋~再びロワール川~パリ) 2,800km
2012年 オランダ~エルベ川~ドナウ川~黒海(ルーマニア) 5,000km
2013年 スイス~ローヌ川~ミディ運河~ガロンヌ運河~ボルドー 2,300km
2014年 サンティアゴの道(ル・ピュイの道~フランス人の道) 1,600km
2015年 サンティアゴの道(アルルの道~アラゴンの道) 950km
2016年 サンティアゴの道(ポルトガルの道) 800km

つづく
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欧州の細道の足跡

欧州の細道 その2
The small ways in Europe (2)
Footprints on "the small ways in Europe"

前回述べた「欧州の細道」について、既に足跡を印したところ、これから印したいところを、ヨーロッパ地図に記入してみました。
・赤い線が、2004年から2015年までの実績です。
・ピンクの線が、今年(2016年)から、2024年(80歳)までに、印したい足跡です。
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当初、ライン川、ドナウ川沿いに自転車で走ることが多く、アムステルダム - ロッテルダム - バーゼル - チューリッヒ - ウイーン - ブダペストの間は何度か、重複しています。
強く印象に残るのは、2004年と2012年の旅です。
2004年は、第一回の初々しい印象。
2012年は、オランダから、ドイツ、チェコ、オーストリアを通過し、そして東欧を抜けて、黒海のウクライナの見えるところまで、5,000kmの圧倒的な旅。しかも、これで、フランスの大西洋岸と黒海まで、私のヨーロッパ横断の旅がつながりました。これは、100日以上の予定でした。そのため、オランダのスキポール空港(アムステルダム)の検問所で、シェンゲン協定違反と注意を受け、当初の計画、ドイツ周辺一周を変更しての旅でした。

スペインやポルトガルは、余り馴染みのない国でしたが、2014年以後、サンチャゴの道に出会ってからは、すっかり親しみを感じるようになりました。
コルシカ島や、シチリア島も、のんびり旅をしたい土地です。一度も訪れたことのないところなので、この地図を見ていたら、増々行きたくなりました。記入したピンクの線だけでも、残る時間では足りません。さて、どうなることでしょう?

しかし、 こうして見ると、20年間といえども、ひとりで旅する範囲というのは、これだけか?と思う程、知れたものです。残る時間を大事にしなければならないと、痛切に思う次第です。

つづく

グランド・ランドネ (GR) - フランスのトレッキング・コース

欧州の細道 その3
The small ways in Europe (3)

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フランスからピレネー山脈を望む巡礼。フランス・スペイン国境までは、もうすぐです。しかし、そこからサンチャゴまでは、まだ800キロもあります。GR65(ル・ピュイの道)にて。2014年撮影。

さて、私の生きている間に、歩きたいと思っているヨーロッパの細道がほぼ決まりました。個別の細道を紹介する前に、フランス(および周辺国)のトレッキング・コースについて、次の通り、「フランス観光 公式サイト」から引用して、説明しておきます。

「整備されたトレッキング・コース GR(グランド・ランドネ)とPR(プロムナード・ランドネ)

フランスでは、歩いて自然を楽しむハイキング・ファンが多く、そのためのコースも標識も、整備されています。
フランスでハイキング、トレッキングはランドネ(Rendonnee)と呼ばれ、・・・一般に広く楽しめるようなランドネ・コースの整備が始められました。
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GR(グランド・ランドネ)の道しるべ。
上段は、このまま進め。中段は、右折。下段は、進入不可。

バックパックを背負って何日か、かけて踏破する大ルートのGR(グランド・ランドネ)と、日帰りで挑戦できる遊歩道のPR(プロムナード・ランドネ)とに分けられ、それぞれにGR5、GR22、などと番号を付けて呼ばれています。

ちなみに、
GR5はフランスのアルプス山脈の中に整備されたエヴィアン(Evian)周辺からニースまでを結ぶコース、
GR22はパリの中心ノートルダム寺院から世界遺産のモン・サン・ミッシェルまでのコースです。

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GR65(ル・ピュイの道)の標識。2014年撮影。

今日では、フランス国内にGR(長距離)とPR(遊歩道)合わせて18万kmあまりを整備し、それらは隣国23か国(歩道2万km)にわたって延長されています。
GRコースの中には、いちからコースを整備したものもありますが、歴史的な流れを汲むものもあります。例えば、スペインへのキリスト教巡礼の道として、ヨーロッパ数ヵ国から街道が引かれたサンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路のように、伝統ある歴史的な路を踏襲し、活用しているコースです。

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GR653(アルルの道)の標識。ミディ運河にて。2015年撮影。

ハイキングのために使う宿泊施設や、各種情報サイトを以下に掲載します。

ランド・アクイユ Rando Accueil
認定ジット(民宿)やプチ・ホテル250ヶ所など、フランス国内にある宿泊施設のご紹介。
http://www.rando-accueil.com/

ジットと山小屋ガイド Guide des gites et refuges
ハイカー向けのお勧めの宿泊施設・全アドレスを掲載。
www.gites-refuges.com 」

ヨーロッパを放浪するとき、こんな風に、徒歩でも、サイクリングでも、お金の余りかからない、遊びの世界が、充実していることに、いつも感心させられます。豊かな自然と、よく保存された歴史、楽しい人たちや、よく整備された遊びの文化。このあたりが、私をに惹きつけて離さない、ヨーロッパの魅力でしょうか。

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GR653(アルルの道)の標識。2015年撮影。

グランド・ランドネの全貌については、Wikipedia (←ここをクリック)を参照下さい。

また、グランド・ランドネの一部について、Topo-guide というガイドブックがあります。
弊ブログのリンク欄 F FFRandonee で見ることが出来ますし、次のFFRandoneeをクリックしても見ることが出来ます。
FFRandonee

つづく

モン・サン・ミシェルへの道

欧州の細道 その4
The small ways in Europe (4)
Chemin vers Le Mont-Saint-Michel

今年, 歩くのは、サンチャゴ巡礼 ポルトガルの道。
そして、来年に考えているのが、まず、このモン・サン・ミシェルへの道の巡礼です。
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モン・サン・ミシェルへ向かう巡礼。写真は、Pelerinより。

フランスのトレッキング・コース(グランド・ランドネ)に、「モン・サン・ミシェルへの道」というのがあります。パリから、モン・サン・ミシェルまでのコースです。グランド・ランドネNo.は、GR22です。宿泊施設などへの寄り道も含めて、550キロあります。私の脚で、一日平均15キロ歩くとして、37日で行くことができます。
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パリのノートルダム大聖堂。(Topoguideより)

スペインにある、有名なサンチャゴ・デ・コンポステーラが、信仰の対象となるずっと前から、中世初期から何世紀にもわたって、何千もの巡礼が、モン・サン・ミシェルに押し寄せたそうです。GR22によって、今日でも、パリのノートルダム大聖堂から、モン・サン・ミシェル大聖堂まで、この細道を徒歩で辿ることができます。

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ガイドブックにある地図の第1ページ。1番が、スタート地点の、ノートルダム大聖堂。
パリのノートルダム大聖堂前を出発して、ルーブル博物館、テュイルリー公園、コンコルド広場を歩いて行きます。セーヌ川に出て、シャイヨー宮を回(めぐ)って、再びセーヌ川に出ます。セーヌ川を渡って、パリを出て、ヴェルサイユ方面を目指します。
グランド・ランドネを歩いた経験の無い人には、複雑な道のように見えるかもしれません。しかし、例の白赤の標識(欧州の細道 その3 参照)が、要所要所にマークされているはずなので、地図を見なくても歩いて行けます。

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ガイドブックにある地図の最終ページ。288番が、フィニッシュの、モン・サン・ミシェル大僧院。
モン・サン・ミシェル手前10キロあたりで、海岸線(イギリス海峡、サンマロ湾)に出ます。あとは、右手前方にモン・サン・ミシェルの大僧院を望みながら歩くことになります。想像しただけで、ワクワクしてくるルートです。

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モン・サン・ミシェルへの道(パリ→アランソン→モン・サン・ミシェル)のガイドブック。Amazon Japanで入手できます。
(幸い、私は、辛うじて在庫切れ手前で、入手できましたが、2016年4月7日現在、在庫切れ中になっています。)
よく出来たガイドブックです。欲を言えば、宿泊場所を地図上に示してほしかったです。これがあれば、満点です。

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パリからモン・サン・ミシェルまでのルート。約550km。

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サイクリング・ルートの地図。サイクリング・ルート 450km 。グランド・ランドネと同じ道かと思っていましたが違うルートです。こちらは、シャルトル経由なので、ルートとしては、こちらのほうが、魅力があります。
サイクリング・ルートの詳細は、こちらをクリック→Veloscenic

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上の写真二枚、モン・サン・ミシェルへ向かう順礼(Pelerinより)。実際にこうして海浜を渡れるのか?不明です。
昔、こうして渡った巡礼が、潮に流されて亡くなったという話を読んだことがあります。

「モン・サン・ミシェルへの道」の難点は、沿道のジット・デタップ(安い巡礼宿)の数が少ないことです。テント持参のほうが良いかもしれません。このガイドブックには、沿道のキャンプ場の住所は、すべて記載されています。要検討課題です。

モン・サン・ミシェルの順礼路を調べていたら、いろいろなことが分りました。
モン・サン・ミシェルへの(あるいは、からの)道だけでも、次の地図にある道が見つかりました。
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黄色い線は、サンチャゴの道。赤い線は、ローマの道。緑の線は、ケルンの道。
他に、イギリスやアイルランドからの道があるようです。
それぞれ、魅力がありますが、現実には、残念ながら、もう歩く道を、先に紹介した以上に増やすことはできません。せいぜい、ガイドブックや地図を買って楽しむことにしましょう。
尚、上の地図の緑の道のうち、ブリュッセルからパリまでは、次のTopo-guideで、ガイドブックが出ています。
Sentier vers Saint-Jacques-de-Compostelle: Bruxelles-Paris-Tours Ref.6551
但し、現在(2016年4月)はテロの問題があり、ブリュッセルには、近づかない方がよさそうです。

つづく

サンチャゴ巡礼 銀の道

欧州の細道 その5
The small ways in Europe (5)
Via de la Plata

サンチャゴ巡礼路のうち、2014年に、ル・ピュイの道とフランス人の道を歩きました。
2015年には、アルルの道とアラゴンの道を歩きました。
今年2016年は、5月からポルトガルの道を、リスボンからサンチャゴ・デ・コンポステーラまで、そのあと、フィステーラ、ムーヒアまでを歩く予定です。
私の生きている間、スペインを歩く道は、これでもうお仕舞いかなと思っていました。
今年(2016年)の旅の終わりに、また、サンチャゴ・デ・コンポステーラを訪れます。2014年に訪問したときは、サンチャゴの町をよく見ていませんでした。今年は、町もよく見てみようと、「地球の歩き方 スペイン」を図書館から借りてきました。本のページをパラパラとめくっていると、「ローマの交易 銀の道 をたどる」という囲い込み記事が目に入りました。

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「地球の歩き方」に載っていた、スペイン「銀の道」の地図。セビ―リャからヒホンまで、約800キロ。

この道も、サンチャゴ順礼の道のひとつです。レオンで、「フランス人の道」に合流し、ヒホンで、「北の道」に合流します。その説明を読むと、もともとは、古代ローマ時代に築かれた交易路だそうです。沿道には、古都が点在し、世界遺産に登録されているだけでも、北から、オビエド、サラマンカ、カサレス、メリダ、セビ―リャがあります。

グラナダは、昔、二回訪れたことがあります。しかし、銀の道の出発点にあたるセビーリャへは、まだ行ったことがありません。
私を何よりも惹きつけたのは、このセビーリャを「地球の歩き方」で調べていた時です。これまた、囲い込み記事に、「日本人の子孫が暮らすコリア・デル・リオ」というのが目に入りました。セビーリャの南12キロほどのところに、コリア・デル・リオという町があります。あの支倉常長率いる慶長遣欧使節一行の内、8名が、日本に帰らず、この地に留まりました。そして現在、ハポン(日本)という姓で、600名の子孫が、ここに暮らしているそうです。

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ローマ・クィリナーレ宮殿にある慶長遣欧使節のフレスコ画。前列左が常長。前列右がソテロ。

支倉常長については、恥ずかしながら、その名前と慶長遣欧使節ということだけしか知りませんでした。興味を持って、わが町の図書館にある次の本全部を借りて読んでみました。江戸時代のキリスト教禁止と鎖国政策に関連して、資料が抹消されたためか、本当のところがよく分からず、謎の多い話しです。読んだ本は、それぞれが、推測をめぐらし、どれも非常に面白いものでした。
「侍」 遠藤周作著 新潮文庫
「支倉常長ー慶長遣欧使節の悲劇」 大泉光一著 中公文庫
「支倉常長遣欧使節 もうひとつの遺産ーその旅路と日本姓スペイン人たち」 太田尚樹著
「支倉常長」 五野井隆史著 吉川弘文館
「支倉六右衛門と西欧使節」 田中英道著 丸善ライブラリー

このコリア・デル・リオは、是非、足を延ばして訪れたいところです。
慶長遣欧使節の話を別にしても、この道は、調べれば調べるほど面白そうです。来年の旅は、モン・サン・ミシェルの前に、こちらが先になるかもしれないと思う程、興味が湧きました。

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慶長遣欧使節の全ルート。

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そのうち、ヨーロッパのルート。
「コリア」とあるところが、コリア・デル・リオです。「支倉常長」五野井隆史著 吉川弘文館より。

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イタリア、チヴィタヴェッキア、カラマータ広場にある常長像。

尚、「銀の道」という名前は、スペイン北部で採掘された銀(Plata)を、この道で運んだからというのが通説です。しかし、Wikipediaにあるように、「石を敷き詰めた舗道」を意味するアラビア語 al-balat が訛ったと言うのが、本当のようです。

ガイドブックについては、Amazon Japan に何冊か載っています。しかし、Mundicamino (←ここをクリック)というサイトに、スペインの各サンチャゴ巡礼の道の案内があります。この銀の道も、そのひとつとして、29日間の旅程に分かれて、沿道の地図・宿泊施設・レストラン・見どころ等々がよく紹介されていて、これで間に合いそうです。

つづく