サンチャゴ巡礼:ポルトガルの道

下の地図は、あるサンチャゴ巡礼手帳(巡礼者のパスポートのようなもの)に載っている、ヨーロッパのサンチャゴ巡礼の道の地図です。ヨーロッパ中から、無数といっていいほど、たくさんの道が通っています。
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定年退職の2004年から、「ヨーロッパ自転車のんびり旅」を始め、2013年まで続けました。そのうち、ヨーロッパに、サンチャゴ巡礼の道というものがあることを知りました。早速、2014年に、サンチャゴ巡礼の道を、自転車ではなく、徒歩でやってみました。私のブログに「のんびり旅」という名前を付けているくらいですから、スローな旅が好きです。それに適している道があるという条件で、自転車よりも徒歩の方により魅力を感じました。ブログの名前も、「自転車」を外して、「ヨーロッパのんびり旅」に変更しました。
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サンチャゴ巡礼、ル・ピュイの道の出発点、ル・ピュイのノートルダム大聖堂前にて。2014年5月。

2014年には、フランスのル・ピュイから、スペインのサンチャゴ・デ・コンポステラまで歩きました。上図参照。距離は、1600キロあります。日数は、74日かかりました。一日平均、22キロを歩いたことになります。
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サンチャゴ大聖堂前の階段。2014年7月。

2015年、今度は、フランスのアルルから、スペインのプエンテ・ラ・レイナまで、サンチャゴ巡礼の道を歩きました。上図参照。プエンテ・ラ・レイナは、2014年に歩いたコースと2015年に歩いたコースが出会う所にあります。上の地図で、パンプローナと書いてある辺りです。距離は、900キロあります。かかった日数は、43日です。一日平均、21キロを歩いたことになります。(しかし、この道は、電車やバスを何度か利用しました。実際に歩いた距離は、もう少し、短くなるでしょう。)
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アラゴンの道(アルルの道がスペインに入ると、このように名前が変ります。)も、最終目的地、プエンテ・ラ・レイナまで、あと4.8キロ。2015年7月。

今年、2016年は、サンチャゴ巡礼の道のうち、ヨーロッパの西端、ポルトガルの道を歩くことにしました。上図参照。ここを選んだのは、しっかりしたガイドブックが、簡単に入手できるからです。リスボンからサンチャゴ・デ・コンポステラまでのコースです。約600キロあります。もう少し、欲張って、サンチャゴ・デ・コンポステラから,大西洋岸のフィニステールとムヒアまで行くことにしました。サンチャゴ・デ・コンポステラからの往復距離は、200キロになります。
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ポルトガルの道。
サンチャゴ・デ・コンポステラの先、フィニステールは、フランス映画「サンジャックへの道」のラストシーンの場所です。ムヒアは、アメリカ映画「星の旅人たち」のラストシーンの場所です。2014年に行こうと予定していましたが、時間が足りなくなり、実現できませんでした。

次回は、「ポルトガルの道」のガイドブックを紹介します。
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「ポルトガルの道」のガイドブック

今年のサンチャゴ巡礼は、ポルトガルの道を歩くことに決めました。ここを選んだ決め手となったのは、何よりもまず、しっかりしたガイドブックがあることです。
サンチャゴ巡礼のガイドブックとして、ジョン・ブライアリー(と発音するのでしょうか?John Brierley と書きます。)という人の有名な本があります。サンチャゴ巡礼の道のうち、次の道について、彼のガイドブックが出版されています。

・「サンチャゴの道」 (John Brierley's Camino de Santiago, St.Jean Pied de Port - Roncesvalles - Santiago de Compostela - Finisterre)
・「ポルトガルの道」 (John Brierley's Camino Portugues, Lisbon - Porto - Santiago)
・「フィニステール・ムヒア周回路」 (John Brierley's Sarria - Santiago - Finisterre includeing Muxia camino circuit)

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John Brierley's Camino Portugues . 2015年版。

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John Brierley's Sarria - Santiago - Finisterre. 2016年版。

2014年に、サンチャゴの道のうち、フランス人の道(サン・ジャン・ピエ・ド・ポールからサンチャゴ・デ・コンポステラまで)を歩いたときに、上述ジョン・ブライアリーの「サンチャゴの道」を使いました。同じサンチャゴの道のガイドブック、「ミャム・ミャム・ドド」に比べて、宿の位置が分かり易く、また、主要な町の拡大地図もあり、「ミャム・ミャム・ドド」よりも使いやすいと思いました。
尚、この「サンチャゴの道」や「ポルトガルの道」(マニュアルと呼びます)には、地図だけにまとめた"Maps"があります。当然、Mapsは地図だけで、「マニュアル版」は、道や宿、道中の注目すべきもの等の説明が載っています。マニュアルのほうをお勧めします。ちなみに、「ポルトガルの道」のマニュアル版は、207ページあります。Maps版は、77ページです。

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ジョン・ブライアリーのガイドブックに載っている地図。
左側:一日の行程が、1ページに収められています。(この地図は、ポルトガル・スペイン国境のチュイ付近)
右側:主要な町(この場合、ポルトガル・スペイン国境のチュイ)の拡大地図。
丸い点線は、巡礼の道です。A, Q, H, P のマークは宿の印です。

さて、いよいよ、今年、2016年に入りました。1月6日、日本のAmazonに、ジョン・ブライアリーの「ポルトガルの道」と「フィニステール・ムヒア周回路」のガイドブックを注文しました。
「ポルトガルの道」は翌日配達されました。2015年版です。
「フィニステール・ムヒア周回路」は、1月20日に配達されました。イギリスの会社の名前で、オーストリアから発送されていました。うれしいことに、2015年版と思っていたのが、2016年版が配達されました。

「フィニステール・ムヒア周回路」とは、サンチャゴの先の大西洋にある海岸です。前回述べましたが、2014年にサンチャゴ・デ・コンポステラの訪問後、フィニステールまで歩くつもりでした。ところが、予定より遅くサンチャゴに到着したために、サンチャゴで旅を切り上げてしまいました。フィニステールとは、「地の果て」という意味です。フランス映画「サンジャックへの道」で、アラブの男の子が、母親の死を知らされて、悲しむ海岸のあるところです。
また、ムヒアは、アメリカ映画「星の旅人たち」で、父親が、息子の遺灰を撒く海岸のあるところです。

なお、「ミャム・ミャム・ドド」には、そのガイドブックを見る限り、次の三冊があります。
・「ル・ピュイの道」
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2014年、ル・ピュイの道に使った「ミャム・ミャム・ドド」。

・「フランス人の道」 Le miam-miam-dodo du camino frances Saint-Jean-Pied-de-Port-Santiago-Finisterre
・「アルルの道」(アラゴンの道も含んでいます。)
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2015年、アルルの道・アラゴンの道に使った「ミャム・ミャム・ドド」。

上述ガイドブックは、すべて、日本Amazonで、入手可能です。

2016年1月24日記

サンチャゴ巡礼 ポルトガルの道の宿

巡礼路を歩く際、私は、毎日20キロを歩く位を、一日の行程として考えています。

日本カミーノ・デ・サンティアゴ友の会のホームページを私のブログにリンクさせてありますが、そのポルトガルの道の宿泊先を調べると、ポルトガル国内には、一日に、30キロ以上も歩かないと、宿のない行程が数カ所あります。しかも、宿泊先の殆どが、消防署です。ポルトガルは、巡礼宿が少ないために、消防署に泊まることが、何か所かあるそうです。かなりの強行軍になりそうだと心配していました。

前回、ジョン・ブライアリーのガイドブック、「ポルトガルの道」と「フィニステール・ムヒア周回路」をアマゾンにて入手したことは述べました。それぞれ、2015年版、2016年版です。
それで、宿の状況を調べると、一日30キロの行程の中程には、すべて宿があるし、宿の種類も消防署ではなく、アルベルゲ(巡礼専用の宿)が、かなりできています。これで、ポルトガルの道を歩くにあたって、健脚でない私にも、心配はなくなりました。日本カミーノ・デ・サンティアゴ友の会の行程表には、「2010年、新設のアルベルゲが増えており、ただいま調査中」と注記してあるので、ここ数年間で、新しい宿が巡礼路途上に、たくさん出来たものと考えられます。

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John Brierley's Camino Portuguesに載っている、ポルト市内の案内図。
たまたま、2014年の旅の終わりに、私が宿泊した、Duas Nacoes という、ゲストハウスも載っていました。⑨がそれで、サンチャゴ巡礼路の途上に位置していました。オレンジ色の点線が巡礼路です。

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後ろ中央、緑色のドアが、ポルトのゲストハウス、Dues Nacoes の入り口です。2014年撮影。

消防署に宿泊する場合、シャワーがついていないことが多いらしいのですが、ジョン・ブライアリーのガイドブックで見る限りでは、消防署に泊まる必要はなさそうです。ただ、消防署に宿泊というのが、どんなものか、珍しいので一回くらいは、泊まってみたいものです。
また、「フィニステール、ムヒア周回路」も、2014年の情報では、途中の宿が少ないということでしたが、ここも、途上に、かなりたくさんの宿ができているようです。一日30キロ以上も歩く強行軍の必要はなさそうで、安心しました。

「ポルトガルの道」の宿の種類と値段

サンチャゴ巡礼、ポルトガルの道の案内として、たいへんよくできたガイドブックに、John Brierley's Camino Portugues を紹介してきました。
その凡例に、次の通り、ポルトガルの道の沿道にある、宿の種類とその値段の目安が載っていました。
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参考になると思われるので、私の経験も加えて、まとめておきます。
大体、一泊、こういうことになります。一応の目安と考えてください。朝食は、ついていたり、なかったり。

A: アルベルゲ(巡礼宿)。
アルベルゲだけでも、次のようなものがあります。
・Muni.: 市町村のアルベルゲ 5ユーロ~
・Xunta: スペイン・ガリシア地方の公立アルベルゲ 6ユーロ
・Conv.: 僧坊アルベルゲ 寄付あるいは5ユーロ~
・Par.: 教会のアルベルゲ 寄付あるいは5ユーロ~
寄付の場合は、相場を置いておくようにしています。食事がつけば、夕食10ユーロ、朝食5ユーロ程度上乗せ。
・Asoc.: (サンチャゴ)友の会のアルベルゲ 5~8ユーロ
・Priv.: 私立アルベルゲ 10~15ユーロ

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オ・ペドローソのXunta(スペイン・ガリア地方の公立アルベルゲ)。右側で、本を読んでいるのが私です。2014年撮影。

J: ユースホステル:朝食付きで、20ユーロ前後でしょうか。
P: ペンション 20ユーロ~
H: ホステル 25ユーロ~
  ホテル 30~90ユーロ 
C: B&B 35~50ユーロ
Q: Manor, Quinta と書いてありますが、正確に、なんのことか分かりません。例えば、個人の屋敷の一部屋、あるいは、フランスの高めのシャンブル・ドット、を想像すればよいかと思います。50~80ユーロ
B: 消防署 5~10ユーロ。

巡礼中、こんな風に、アルベルゲに泊まっている限り、宿泊代は、非常に安く済みます。帰路、100ユーロ前後の空港ホテルに泊まったりすると、これまでと比較して、10日分のホテル代だ!とびっくりしてしまいます。

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スペイン・ガリシア地方の公共アルベルゲ、Xunta。モンテ・ド・ゴソ(歓喜の丘)にある、500人収容可能な、例外的に大きな Xuntaです。2014年撮影。

サンチャゴの道を歩く巡礼者の数と経路

2014年に「サンチャゴの道」を歩いて、巡礼の道を歩く魅力の虜になりました。下の地図の緑の線が、2014年に歩いた道です。おおよそ、1600キロになります。
2015年にも引続き、サンチャゴの道を歩きました。青い線が、その道です。約950キロになります。
今年2016年も、赤い線の道を歩く予定にしています。
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フランスとスペインの、サンチャゴの道。

日本カミーノ・デ・サンチャゴ友の会」のホームページ(←ここをクリックするか、私のブログのリンク欄からも開くことが出来ます)に、サンチャゴ巡礼者の面白い統計が載っています。各年度の巡礼者数とその内訳、ルート別、交通手段別、年齢層別、男女別、動機別、職業別、国籍別、主要出発地別の統計です。
今年(2016年)、私が歩く予定のポルトガルの道を、どのくらいの巡礼者が歩いているのか、調べてみました。
以下使用した数字は、すべて、2015年のものです。

1.巡礼者総数
サンチャゴ巡礼者の年間総数は、262,458名です。
これは、サンチャゴ・デ・コンポステラに到達し、巡礼事務所に届出した巡礼者数と考えられます。サンチャゴ・デ・コンポステラの事務所に届けなかったり、途中区間のみを歩く巡礼者、例えば、昨年の私のように、アルルからプエンテ・ラ・レイナまでしか歩かない巡礼者は数えられていません。
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サンチャゴの巡礼事務所で、巡礼証明書の発行を待つ巡礼達。2014年撮影。

2.経路
そのうち、フランス人の道を辿ってきた巡礼が、圧倒的に多く、172,207名(全体の65.6%)です。
二番目に多いのが、ポルトガルの道で、43,135名(16.4%)です。

3.出発地
ポルトガルの道を歩く巡礼は、リスボンから出発する者が多いだろうと思っていましたが、意外に少なく、サンチャゴ・デ・コンポステラに到着した巡礼者、43,135名の出発地は、次のようになっていました。
トゥイ(スペインの町。サンチャゴまで、115キロ)から: 13,799名(ポルトガルの道を歩いてきた巡礼総数の32%)
ヴァランサ(ポルトガルの町。サンチャゴ、118キロ)から: 5,701名(同じく、5%)
ポルト(ポルトガルの町。サンチャゴまで、238キロ)から: 13,198名(同じく、31%)
小計: 32,698名(同じく、68%)

これは、「フランス人の道」も同様で、サンチャゴ・デ・コンポステラの手前、115キロに、サリアという町がありますが、「フランス人の道」も、この町からの出発者が、67,402名と、ダントツに多く、フランス人の道を歩いてきた巡礼者総数の、39%を占めています。
これら、トゥイ(ポルトガルの道)や、サリア(フランス人の道)から出発する巡礼が多いのは、次の理由によるものと考えられます。
(1)どちらの町も、サンチャゴ・デ・コンポステラまで、115キロと、4,5日で歩けるいう手頃な距離にあること。
(2)サンチャゴ・デ・コンポステラ手前、最短で、100キロから歩いてきた巡礼には、巡礼証明書が発行されること。
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フランス人の道、サリア手前の標識。サンチャゴ・デ・コンポステラまで、116キロ。2014年撮影。

2014年に、私が、フランス人の道を歩いていたとき、サリアから、突然、湧いてきたように、順礼者の数が増えたのに、驚いたことを思い出します。
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サリアのアルベルゲ前のカフェで。手前左・中央が韓国人。右が日本人。うしろが、台湾人。2014年撮影。

4.月別順礼者数
順礼シーズンに入った、6月の数字をみてみます。
ポルトガルの道を歩いて、サンチャゴ・デ・コンポステラに到着した巡礼は、4,911名います。平均すれば、毎日164名到着していることになります。
そのうち、トゥイ、ヴァランサ、ポルトから出発した巡礼は、3,595名います。ということは、リスボンを含め、ポルトの手前から出発した巡礼は、多くて、1,316名いることになります。一日平均すると、44名となります。リスボンから、ポルト手前まで(リスボンから、372キロ)、私が出会う可能性のある巡礼者は、このくらいの数字の人たちかなと、想像しています。
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リスボンのタイルのお土産。2014年撮影。