キャンプ場のどしゃぶり

6月14日(日)その1
Heavy rein at camping
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朝、5時頃、目を覚ましました。昨夜から降っていた雨が、まだ降っています。降っているどころではなく、どしゃぶりの雨です。
写真のテントは、正式には、テントではなく、シェルターと呼ばれているもので、緊急用の簡易テントです。布も一枚だけの簡単なものです。自転車の旅で使っている、テントの重量は約1.5キロです。一方、このシェルターは、約0.5キロです。防水の性能よりも、より軽いものということで、こちらを採用しました。
(写真で分かる通り、支柱は杖を使っています。)
激しくテントに当たる雨音を聞きながら、雨漏りは、大丈夫かなと、手探りで調べてみました。すると、右手が水浸しのものに触りました。ヘッドランプを点灯させて、よく調べてみると、テントの半分が、水浸しです。どこからか、雨漏りしているのでしょう。寝袋の外側は、濡れていますが、内側はまだ、大丈夫です。雨は激しく降っているので、このままでは、全体が濡れてしまうでしょう。このあたりの朝5時頃というのは、真っ暗です。どうしようかなと考えました。いろいろ考えましたが、とにかく、濡れた荷物を乾かさなければなりません。そこで、もともと昨晩泊まろうと予定していたホテルに行くことがベストであろうと、そのホテルに行くことに決めました。昨日訪れたポール・ローラゲイ(ローラゲイ港)にあるホテルです。
まず、荷物をまとめて、テントを畳まなければなりません。この雨の中では、できないので、キャンプ場のサニタリー(シャワーやトイレのある建物)の中で、それをすることにしました。雨の中、何回に分けて荷物をサニタリーに運び、最後にテントをばらして運びました。サニタリーの床の上でテントを畳み、荷物をリュックに入れました。
ここから、ホテルまでは、2~3キロです。ホテルに向かって歩いているうちに、雨が小降りになってきました。
ホテルに着いたときは、午前7時頃。すぐに、部屋にチェックインできるか、心配しましたが、レセプションの男性ふたりが、快く手続きしてくれました。
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非常に親切に受け入れてくれた、ホテルのレセプションのふたり。
Very kind receptionists of the hotel.

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ホテルの部屋に入って、テント、マット、寝袋、ポンチョなどすべてのものを、ハンガーその他に吊るしました。
Room of the hotel.

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全てのものを、吊り下げました。疲れがどっと出て、そのまま、お昼まで眠ってしまいました。

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非常に好印象を残した、ホテル。写真のすぐ左に、ローラゲイの港があります。
朝7時のチェックインでも、エキストラ・チャージはかかりませんでした。
Relais Fasthotel La Couchee 二つ星。朝食付き、54ユーロ。

つづく
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やすらぎのミディ運河

6月14日(日)その2
Canal du Midi around Port-Lauragais 14.06.2015

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大雨に濡れたあと、早朝、ホテルにチェックインしました。ホテルに入って安心したせいか、昼過ぎまでぐっすり眠りました。
写真は、ホテルのレストランから、ローラゲイの港を眺めたところ。左側の建物は、レストランとお土産物屋さんです。

雨に降られなければ、この日は、電車でトゥールーズに行くつもりでした。雨に濡れた荷物を乾かすために、ホテルに一泊することになりました。一日余裕ができたので、ゆっくり、ミディ運河散策をすることにしました。

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さて、まずは、腹ごしらえです。ローラゲイの港にあるレストランに行きました。ここには、ふつうのレストランとセルフ・サービスのレストランがあります。セルフのほうにしました。港の上にテーブルが並んでいます。

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これが、きょうの朝食兼昼食です。

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港に停泊している船の上でも、昼食のようです。
この船はレンタルです。免許は要らないそうです。10分くらいの講習で運転できるそうです。

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ポール・ローラゲイから、ミディ運河に出て、ブラブラと散策を始めました。

「ミディ運河は、フランスのトゥールーズでガロンヌ川から分岐し、地中海に面したトー湖にいたる全長 240 km 、支流部分も含めた総延長では 360 km に及ぶ運河である。19世紀に鉄道に取って代わられるまで、大西洋と地中海との間を船舶で結ぶ、大量輸送ルートであった。」(Wikipediaより)

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ポール・ローラゲイ付近のミディ運河の地図です。ミディ運河導水路(Rigole)が北東からミディ運河に注いでいます。
そこから左側に行けば、大西洋に流れます。右にゆけば地中海に流れます。導水路からすぐ左の水門の名前は、「大西洋水門」(地図のO)、すぐ右の水門は「地中海水門・(地図のM)です。その間が、ミディ運河の分水嶺になっています。

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運河のつきあたりは、水門です。地図で分かる通り、船は、たくさんある水門を、ひとつひとつ超えて進みます。

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運河の左側を、自転車が走ってゆきます。私の2013年の旅が思い出されました。

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大きな船が停泊しています。

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「大西洋水門」の水門番の家。水門番といっても、現在は、水門の開閉は自動になっているので、住居やレストラン、空き家等になっているようです。

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水門番の家に掛けられた水門の名前。「大洋(大西洋)水門」。次の「地中海水門」まで、5190メートルとあります。往復10キロ以上になります。足の状態を考えて、そこまでゆくのは、諦めました。

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水門番の家のネコ。

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この船の中では、大勢の観光客が昼食中でした。トゥールーズあるいは、ボルドーまでも行くのでしょうか。
右側の棒に、サンチャゴの道しるべ。私は、一般道路で、アヴィニョネ・ローラゲイに来たので、この道は通りませんでした。

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ミディ運河の創設者、リケを讃えるオベリスクや、分水嶺地点への案内板も出てきました。

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ここが運河の分水地点です。写真先方の導水路から流れてきた水は、
左へ流れて大西洋、右に流れれば地中海です。
左側に、なにか説明版があります。拡大すると・・・

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「分水地点
ノールーズ放水口
黒い山からの水」
と読めます。

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静かな運河の水とプラタナスの並木。遠い昔にタイム・スリップするようです。

「この運河の建設プランは、ベジエ出身の徴税使ピエール=ポール・リケにより発案された。大西洋岸から地中海沿岸に貨物を輸送するための航路を約 3,000 km 短縮し、ジブラルタル海峡の通行税をスペインから削ぐことができる建設プランは、国王ルイ14世により国家プロジェクトとして認められた。」(Wikipediaより)

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右側の杭に、サンチャゴの道しるべ。巡礼の道を来る場合、ここで右折です。

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釣りをする老人。

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水門に入るのを待つ船。

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海賊船もいます。

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ここにも、サンチャゴの道しるべ。

つづく

トゥールーズ・マタビオ駅

6月15日(月)その1
Gare de Toulouse-Matabiau, 15.06.2015

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トゥールーズ(地図右側)付近の地図。
赤い線が、サンチャゴの道(アルルの道)です。
トゥールーズの右側、A とあるのが、アヴィニョネ・ローラゲイ。
トゥールーズの左側、L-J とあるのが、リル・ジュールダンです。
トゥールーズが、「アルルの道」全行程の、ちょうど真ん中にあたります。

インターネット「アルルの道」によれば、トゥールーズの西側郊外は、電車で、ピブラック(Pibrac 地図参照)まで、行くことを推奨されています。私は、2013年に、現在いるアヴィニョネ・ローラゲイからトゥールーズまでは、自転車で走ったこと、また、トゥールーズ市内には寄らない(大都会は巡礼にそぐわないので)ことから、アヴィニョネからトゥールーズまで、さらに、その先まで電車でゆくことにしました。アヴィニョネからの電車は、トゥールーズまでなので、そこから先は、トゥールーズ駅に降りてから考えることにしました。

アヴィニョネからトゥールーズに行く電車は、10:00頃と、16:00頃にあります。アヴィニョネを通過する電車はたくさんあるのですが、各駅停車となると、これしかありません。ミディ運河の見物も済ませたので、10:00頃(正確には、09:55)の電車でゆくことにしました。

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干しておいた荷物は、みんなよく乾いていました。それをまとめて、ホテルのレストランで朝食を食べてから出発です。
駅までは、2キロほどあります。足はまだ痛みますが、だいぶ痛みは和らいできました。
駅に向かう途中に見えた、アヴィニョネ・ローラゲイの町並み。

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途中のネギ坊主。

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駅舎が見えたので、踏切を渡って行こうとしたら、こんな看板が目につきました。
「電車乗り場、トゥールーズ方面は左」

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ホームの反対側の駅舎。現在は、無人駅で、全く使われていません。左側に、アヴィニョネの教会の塔が見えます。

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切符を買おうとしましたが、自動販売機がありません。張り紙を見ていたら、切符は、車内で車掌から買え、と書いてありました。

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埃をかぶった電光掲示板。しかし、動いていました。
「09:55 トゥールーズ・マタビオ駅行き 2番ホーム」

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アヴィニョネから乗る客は、私ひとりです。電車の中はすこぶる快適です。今回の旅で利用した車両はみな、古くなっていましたが、快適さは素晴らしいものでした。

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乗った電車の車掌さん。
車掌さんが来たので、切符を買おうとしました。「あとで」ということです。車掌さんが通るたびに、「キップ、キップ」と頼みましたが、売ってくれません。タダにしてくれるのかともうけた気分になっていたら、トゥールーズ駅到着直前に料金徴収にきました。9ユーロの切符代に、20ユーロ紙幣で払ったら、おつりを全部細かい硬貨でくれました。私を小銭収集家とでも思ったのでしょうか。

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トゥールーズ駅の案内係の駅員さん。
フランスの駅には、発着する電車の携帯用時刻表を、路線ごとに、ラックに収めておいてあります。「アルルの道」が通る、ピブラック (Pibrac。上掲地図参照。)は、オーシュ(Auch。上掲地図参照。)行き電車の路線上にあります。どこまで、行こうか考えましたが、なんとなく、名前の響きがいいので、リル・ジュールダンまでゆくことにしました。上掲地図で、L-St と書いてある所です。
写真の案内の駅員さんにお願いして、「リル・ジュールダンまでの切符を買いたいのですが・・・」と言うと、写真の黄色い自動販売機で、買うのを手伝ってくれました。

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さて、行く先は決まった、切符も買った。となれば、昼食です。駅構内の端っこにある売店で、野菜サラダとビールを買って、そこのテーブルに腰かけて、食べました。

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昼食の後、まだ、電車まで時間があります。駅の見物をしました。駅舎には、フランス国鉄になる前の、「南フランス鉄道」の文字が掲げられています。
「19世紀前半、ボルドー(大西洋)からセット(地中海)に行くには、ボルドーからトゥールーズまで、18時間駅馬車に乗り、トゥールーズからセートまで、28時間、ミディ運河を利用するのが一番速かった。」(Wikipediaより)

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駅舎。ボルドーからセットまでのコミューンの紋章の一部。
「マタビオ駅の駅舎は、1903年から1905年の間に建てかえられたものである。駅が建てられた地区の名前をとってマタビオと名付けられた。マタビオとは「雄牛を殺す」という意味である。・・・ボルドーからセットまでの26の主なコミューンの紋章が建物正面に刻まれている。1938年、南フランス鉄道は他の4つの鉄道とともに統合されてフランス国鉄になった。」(Wikipediaより)

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駅構内。

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懐かしい「ゲンコツ」というあだ名の機関車。1980年代、これが引っ張る特急に乗って良く出張しました。

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駅員さんのタバコ休憩。どこでも同じ風景です。

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強そうな鉄道警察官。
正面建物の手前を、ミディ運河が通っています。

つづく

リル・ジュールダンの観光案内所

6月15日(月)その2
Office de Tourisme and gite d'etape in L'Isle-Jourdain

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トゥールーズ・マタビオ駅から、リル・ジュールダン駅にやってきました。駅を出て、だれかに、町への道を聞こうと思ったら、車が停まっていました。若い男性が乗っていました。町の方向を尋ねると、
「どこまで行くのですか?」と聞かれました。
「観光案内所」
「一緒に乗って下さい。」 
こうして、訳なく観光案内所に着いてしまいました。
写真は、観光案内所前にて。
He took me at the station to the Office de Tourisme of L'Isle Jourdain.

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観光案内所には、二人の案内嬢がいました。
「リル・ジュールダンのジットはどこですか?」
と尋ねると
「隣りです。」
という返事です。ここで、ジットの料金を払ったあと、左の女性が、鍵を持って、隣りの部屋を案内してくれました。
ジットは公共ジット Local municipal, accueil pelerins で、素泊まり、12ユーロ。
At the Office de Tourisme.

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観光案内所とジット。
同じ建物の中にあります。奥が、観光案内所。手前がジットです。
The gite is next to the Office de Tourisme.

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ジットには、三部屋ありました。二人用が一室、三人用が一室、四人用が一室です。私が最初の客です。私は、二人用に入りました。あとから、六人来ましたが、ひとり旅はだれもおらず、この部屋をひとりで、使うことができました。
Room of the gite.

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観光案内所・ジットの建物の両側は、湖でした。湖の向こうに見える観光案内所とジット。
Office de Tourisme over the lake.

部屋に落ち着いてから、観光案内所に、再び行きました。リル・ジュールダンの町の地図を貰って、いろいろ町の説明を聞きました。リル・ジュールダンという名前は、「ジュールダン島」という意味です。
Wikipediaによれば、「リル領主はかつて十字軍に参加して東方に行ったことがあり、ヨルダン川で洗礼を受けた自分の息子にジュルダン(ヨルダンのフランス語読み)の名をつけた。沼地の真ん中にあるまちはヨルダン島(リル=ジュルダン)と呼ばれるようになり、そのまままちの名称となった。」そうです。十字軍の頃からと言えば、由緒のある町です。

そのあと、念のために、明日のジットの予約をお願いしました。ここから、15キロ先のジットです。
「そのジットの人たちは、とてもいい人たちですよ。」と、写真右の女性が教えてくれました。
今回の旅では、観光案内所に随分、お世話になりました。フランスでも、スペインでも、観光案内所の人たちが。期待以上に親切で、驚いたほどです。
このあと、町の見物に出かけようと思います。

つづく

リル・ジュールダンの晩餐

6月15日(月)その3

ジットに落ち着いてから、リル・ジュールダンの町の見物に出かけました。
観光案内所から貰った地図を片手に、湖畔に沿ってゆきます。
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振り返ると、湖のむこうに、観光案内所が見えます。

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レンガで造った古い橋がありました。一昨夜、アヴィニョネで降られたのと同じ時の雨でしょうか、ここでは川が増水して、泥水となって流れていました。

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トゥルネ橋という名前です。

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どのような謂れのある橋なのか、不明です。

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だんだん、町の中へ入って行きます。

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さっきの橋もそうでしたが、この町は、薄いレンガが建物の材料のようです。

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城館がありました。

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「パナ男爵のシャトー、1820」 と表札がありました。

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その向かいあたりに、映画館がありました。オリンピア劇場です。リル・ジュールダンの人口は八千人余りです。そこに、存在する映画館。この日は、閉館でしたが、どのように運営されているのでしょうか?

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「小さいおうち」近日上映。
ポスターを見ていたら、山田洋二監督の「小さいおうち」(フランスでは、「赤い屋根の家」)の映画のポスターもありました。

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町の広場。町の中に人陰がほとんどありません。聞くところによると、月曜日は、すべての店が休みだそうです。

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広場の噴水。

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車の上でくつろぐネコ。

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床屋さんの看板。誰かの小説に、カミソリを当てている床屋さんが、もし、突然、気が狂ったら・・・と想像する話がありました。それを思い出して、怖くなりました。

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ここらあたりに、教会があり、役場がありました。町の中心のようです。

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カフェ・セントラルもありました。カフェは、営業していました。

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私は、もう一軒あるカフェのほうで、ビール(左のテーブル)を飲みました。こちらのほうが、面白そうだったからです。軛(くびき。車のながえの先につけ牛をつなぐ道具)という名前のカフェです。

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お昼も終わって、客もいなくなり、一段落している店主。写真正面にあるのが、カフェ・セントラルです。

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ここにも、カラオケの看板がありました。「毎週金曜日。カラオケ。21:00から。」

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店内の装飾が奇妙なので、見せて貰いました。階段の踊り場に、女装した牛の絵が飾ってありました。
「これは、私の家内です。」というのが、店主の説明です。

町も十分に見たので、ジットへ帰って休みました。
さて、夕食時です。昼間、観光案内所で教えて貰った湖畔のスナックに出かけました。壁に大きくメニューが出ています。何を食べようかと、見ていたら、店の人が寄って来ました。
「今晩は、飲み物だけで、食べ物はありません。」
「ギャフン!!!」
重い足を曳きずって、いかに月曜日が店の休日とはいえ、町だったら、なにかあるだろうと、再び、町に出かけました。ここにある二軒のカフェは、昼間は食べ物を出しますが、夜は出しません。他で、食べ物にありつくところを、探すしかありません。カフェ・セントラルで、なんでもいいから、たべるものはないか、交渉してみました。駄目です。すると、店のひとが、少し考えて、
「こう行って、ああ行けば、パン屋さんがあります。あそこなら開いているでしょう。」
と教えてくれました。
その通りに行くと、開いていました。そこで、ありついたのが、下の写真のサンドイッチです。
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パン屋さんでは、ビールを売っていません。代わりに、ジュースを買いました。これが、今日の夕食です。

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観光案内所の近くまで戻って、湖畔のベンチでの晩餐となりました。
ミャム・ミャム・ドドには、リル・ジュールダンには「(レストラン他サービス等)なんでもあり」と書いてあったので、ちょっと油断してしまいました。

つづく