アルルまで

To Arles
2015年5月27日から、7月10日まで、下図、「アルルの道」を歩いてきました。その足あとを綴ってゆきます。

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Le chemin d'Arles
アルルの道。フランス、アルルから、スペイン、プエンテ・ラ・レイナまで、全長950km。正確には、アルルから、フランス・スペイン国境のピレネー山脈ソンポール峠(上の地図で、Somport) までが、「アルルの道」。ソンポール峠からプエンテ・ラ・レイナまでが、「アラゴネスの道」、と言われています。もっと正確には、プエンテ・ラ・レイナの一つ手前に、オバノスという町がありますが、「アラゴネスの道」の終点は、プエンテ・ラ・レイナではなく、このオバノスだそうです。

私は、次の経路で、アルルに入りました。
5月26日、どちらもエールフランスで、成田ーパリ、パリーマルセイユと飛び、5月27日、マルセイユ空港(マルセイユ空港に近いヴィトロル駅)から、電車で、アルルへ向かいました。

5月26日(火)成田発、パリ到着。
26.05. Left Narita and arrived at Paris CDG Airport.
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Paris CDG No.2 Airport, new F Terminal.
新装なったパリ、シャルル・ド・ゴール第2空港Fターミナル。2年前に訪問したときは、改装中で分かりずらくて、迷いましたが、今回は、すっきりと。

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Arrived at Marseille Airport.
それから、マルセイユ行きに乗り換えて、マルセイユ・プロヴァンス空港着。アルル行き電車最終便に間に合うかどうか、ぎりぎりの到着です。当日、アルルへ向かうのは諦めて、念のために、マルセイユ空港ホテルを予約しておきました。空港から、専用電話で、迎えを頼むと、すぐに迎えの車が来てくれました。ホテル出迎えの車の乗り場。IBIS BUDGET というホテルに泊まりました。

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Entrance of Hotel Ibis Budget.
ホテル・イビス・バジェットの入り口。まだ入った経験はありませんが、監獄の独房のような殺風景な部屋でした。素泊まり、56ユーロ。朝食、6ユーロ。

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27.05. At reception of the hotel.
翌5月27日(水)。アルルに向けて出発です。ホテルのレセプションにて。

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Shattle bus from the Airport to Vitrolle station.
ホテルのシャトルが、空港まで送ってくれます。ホテルの車の停まったところに、ヴィトロル駅行きのバスが停まっていました。そのバスの中。乗客は、私一人。

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Vitrolles station.
ヴィトロル駅。自動販売機で、切符の買い方がわからず、あとから来た女性に買って貰いました。小さな駅ですが、身体障碍者・自転車用に、スロ―プもついています。

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マルセイユ行きと反対側のホームに登ります。かすかながらも、8時50分アルル経由アヴィニヨン行きが、次の電車です。これで、一安心。

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Marseille Airport.
余裕がでたところで、駅のホームから見た、マルセイユ空港。

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Hotel Ibis Budget.
駅のホームから見た、ホテル・イビス・バジェット。
そこへ、ベトナム人の奥さんを連れた、日本人の中年男性が、アヴィニヨン行きは、ここでいいですか?と、やって来ました。もう、何でも知っているような顔をして、ここでいいですと、返事をします。

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Train at Arles Station.
そして、電車がきました。その日本人と、あれやこれや話しているうちに、アルルに到着。あわてて、リュックをかつぎ、別れを告げて、下車しました。写真は、アルル駅と乗ってきた電車。

つづく
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アルルの宿とサン・トロフィーム教会

Gite and Church of St.Trophime in Arles, 27.05.
5月27日(水)
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Turn to left and go straight. Then you will be in the town of Arles.
アルルの駅を出て、左へ行くとアルルの町です。真っ直ぐ歩いてゆくと、こんな交差点に出ます。この建物の右側を、さらに真っ直ぐ行きます。

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Hit to the Arenes and turn to left.
すると、円形闘技場にぶつかります。これを右側に折れて、円形闘技場を、左回りに進みます。

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After walking by 1/3 of the Arenes, you will find Gite la maison du pelerin et du voyageur in place Pomme.
円形闘技場を1/3周したあたりで、ポム広場というのを探します。すると、今夜の宿、「巡礼と旅人の家」の案内が、壁に描かれているのが、簡単に見つかりました。

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From left: Hotel Clendal, cafe and the gite.
宿の入り口は、暗証番号のカギになっていて開けることができません。戻って、この写真の赤い屋根のカフェに尋ねると、そこが受付でした。(一番右の建物が、巡礼と旅人の家。家の壁に、宿の案内が描かれています。中央がカフェ。左の建物が、ホテル・カレンダール。どうやら、この三軒は、同じ経営者のようでした。) しかし、着いたのが、午前11時前。チェックインは、15時ということで、入室は、あっさり断られました。それではと、荷物を預かってもらって、早速、アルル見物に出かけることにしました。

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Eglise St.Trophime.
アルルのサン・トロフィーム教会。サン・トロフィームという聖人は、3世紀初頭のアルル初代司教だそうです。
教会は、アルルの中心ともいうべき、レピュブリック広場にあります。私の宿から、歩いて、5分とかかりません。
アルルは、2年前の2013年、アルプスからボルドーまで、自転車で走ったとき、途中で寄りました。こんなに早く、再訪するとは、思いませんでした。今回は、サンチャゴ巡礼なので、まずは、このサン・トロフィーム教会です。
「アルルの道」の実際の出発点は、アルルの町のはずれにある、アリスカン(古代墓地)です。しかし、アリスカンの出発点には、出発点を示すマークしかありません。巡礼手帳(クレデンシアル)の発行や、巡礼の案内等は、サン・トロフィームでやってくれます。
教会の中に入ると、左側に小さな事務所のような部屋があります。ここが、巡礼の受付です。ここで、巡礼手帳を買いました。5ユーロ。これがあれば、隣の回廊やアリスカンの入場は、無料だそうです。また、アルルの道や、アルルの宿泊所の案内などをしてくれます。私は、アルルの道のガイドブックを買いたかったので、本屋さんの場所を尋ねました。

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教会正面の細部。美しい彫刻で飾られています。

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Cloitre St.Trophime.
巡礼受付で、用事を済ませてから、隣りのサン・トロフィーム僧院回廊を見に行きました。アルルは、何度か来ていますが、ここを見るのは初めてです。切符売り場で、巡礼手帳を見せると、無料であるばかりでなく、記念のスタンプまで押してくれました。

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教会正面の彫刻同様、ここも優雅な彫刻で飾られていました。

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誰でしょう?こういう美しいものに触れることは、嬉しいことです。

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二階から見た回廊。サン・トロフィーム教会と僧院は、正面入り口以外、密集した古い家に囲まれています。しかし、風景として、邪魔にはなりません。

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回廊二階から見た、サン・トロフィーム教会の塔。

つづく

アルル散策

Wandering in Arles 27.05.
5月27日(水)

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The way to the Alyscamps
アリスカンへの小道。
アリスカン(古代墓地)が、アルルの道の出発点です。今いる、サン・トロフィーム教会から見て、明日、向かうサン・ジルとは、反対方向にあります。しかし、儀式として、行かないわけにはゆきません。明日、リュックを担いで、立ち寄るのは大変なので、今日中に、行っておくことにしました。賑やかなリス大通りを渡って、町の南東に向かいます。

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The Alyscamps
アリスカン。古代墓地。パリの「シャンゼリゼ」と同じ言葉です。アリスカン(Alys Camps) とシャンゼリゼ(Champs Elysees)。アルファベットにして、順序を入れ替えると、同じ言葉だということが、よくわかります。「極楽浄土」というような意味です。
ここも、巡礼手帳のおかげで、無料で入れるばかりでなく、巡礼手帳にスタンプを貰いました。

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かつてのアリスカン。「サンチャゴ・デ・コンポステラへ向かうアルルの道の出発点」と書かれています。

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アリスカンの猫。

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サンチャゴ・デ・コンポステラとローマの道。アリスカン入口に掲げられている案内板。
左へ行けば: サンチャゴ・デ・コンポステラまで、1560km。
右へ行けば: ローマまで、 ドミチア街道で、1364km。アウレリア街道で、1154km。

去年歩いた、ル・ピュイの道や、フランス人の道では、余り気づきませんでしたが、今回は、ローマ他イタリアから歩いて来たと言う巡礼に、随分出会いました。合計すれば、ほぼ、3000km。雄大ですね。

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アリスカンから、町の中心に戻る途中に現れる塔。アルルが城壁に囲まれていた時代の名残です。ふもとで、洋服の市が終わって、皆さん引き上げるところでした。

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そのあと、サン・トロフィーム教会の案内所で教えて貰った本屋さんへ向かいました。「ミャム・ミャム・ドド」が欲しいのですが、というと、「最後の一冊です」と言って、探し出してくれました。2014/15年度版。19ユーロ。

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A beer at the brasserie Le Malarte.
そして、細い通りを隔てた、カフェ・レストランで、ビールを飲んで、ひと休み。

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ビールを飲んだ、Brasserie Le Malarte。リス大通り 2番地。サン・トロフィームの案内所によれば、お薦めの店だそうです。

そして、そのあとは、足の向くまま・・・

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Espace Van-Gogh
エスパース・ファン・ゴッホ。旧市立病院。1889年にゴッホが療養生活を送ったところです。

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「アルルの療養所の庭」の絵などを参考に復元されているそうです。

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ゴッホといえば、「夜のカフェ」。フォーラム広場に行ってみました。

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The cafe the night full with Japanese group tourists
「夜のカフェ」は、日本人の団体観光客に占領されていました。

市役所の地下あたりにある、紀元前一世紀末の地下回廊というのを訪れました。地下に広大な回廊が眠っています。地下都市ともいうべき大きさです。何に使われたか、よくわからないそうです。歩くのも怖い程の暗さで、写真は、一枚も無し。

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Theatre antique
古代劇場。30年目に始めて訪問したときは、がれきの山という感じだったのが、随分、復興されてきました。

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古代劇場。
午後1時になりました。もう、そろそろ、宿の方もよかろうと、宿の方向に向かいました。

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円形闘技場の前のお土産物屋さん。

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Back to the place of my gite.
再び、宿のある広場まで戻ってきました。正面、灰色の壁の建物が、今夜の宿です。

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One more beer at the cafe next to the gite.
まだ、午後3時まで、時間があります。宿の隣りのカフェで、また、ビールでも飲みましょう。通る人々を眺めているだけで楽しいものです。

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ここは、円型闘技場と古代劇場の間にある、素晴らしい場所にあります。正面に見えるのは、円型闘技場。
ビールを飲んで、午後3時の1時間前の、午後2時になったところで、宿の部屋に入れてもらえました。

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Reception of the Hotel Musee.
夕方、食事の帰り、レアチュ美術館の前を通りました。2007年に、レンタカーで、スイス、イタリア、フランスと回った時に、この向かいにあるホテルに泊まったことを思い出しました。Hotel du Musee と名前が変っていましたが、素敵な中庭のあるホテルだったので懐かしく、立ち寄って、中を拝見させて貰いました。ここが、レセプション。

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Garden of the Hotel Musee.
ここが中庭。ここで、朝食を食べることができます。当時、確か、60ユーロ位で泊まった記憶があります。名前が変って高くなったのか、インターネットで調べると、現在、シングル10,000円、ツイン12,000円と出てきます。円形闘技場の近くです。立地も良く、ふたりなら、それほど高くはないでしょう。アルルの町で、こじんまりして、くつろげる、お勧めの宿です。

つづく

サン・ジルへ

To St.Gilles, 28.05.
5月28日(木)

さて、きょうは、いよいよ、歩き巡礼旅立ちの日です。

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Room of La Maison du Pelerin et du Voyageur. 26Euro per bed with breakfast.
ジットの朝。こういうドミトリー形式の安宿を、ジット・デタップ Gite d'etape といいます。今後、ジットと呼びます。
泊まった「巡礼と旅人の家」の部屋。4人部屋(二段ベッドがふたつ)です。客は、私を入れて二人でした。もうひとりは、ブラジルから来た青年で、巡礼ではなく、普通の旅人。女性がひとり、別の部屋に泊まっていたので、男女別々なのかもしれません。一泊朝食付きで、26ユーロ。
昨夜洗った靴下がまだ乾かずに、ベッドに干してあります。

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Wall paper of the toilette.
宿のトイレの壁紙。壁紙かと思ったら、マンガの本のページそのものでした。トイレの時間が長くなりそうです。

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View from the window of the room.
朝、部屋の窓から見た景色。左が古代劇場。正面が、サン・トロフィーム教会の塔。右側に、円形闘技場があります。
アルルは、古代と中世と現代が、混在した不思議な町です。

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Start at Eglise St.Trophime.
巡礼の出発点、アリスカンには、昨日、寄って来ました。今日は、サン・トロフィーム教会に寄って、ここからの出発としました。彫刻が美しい正門です。

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Just after pont de Trinquetaille.
トランクタイユ橋で、ローヌ川を渡ります。渡ってすぐに、階段で対岸の岸辺へ降ります。すると、白赤のマークが、このように電柱や木の幹や家の壁に描かれています。「アルルの道」は、「サンチャゴの道」のひとつであるとともに、長距離遊歩道「GR653」でもあります。この白赤のマークは、GR653としての目印です。GR653は、国境を越えて、プエンテ・ラ・レイナまで続いています。
上のマークは、左折です。

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このマークは進入禁止です。
トランクタイユ橋を渡って、道が右と左へ分かれます。左へ行くのが、本道です。但し、高速の下をくぐったり、一般道路と一緒で車がうるさかったりします。右へ行くのは、そのオプションで、プチ・ローヌ川沿いの道です。こちらのほうが、静かです。一部の案内書や昨日のサン・トロフィームの案内所では、こちらを勧めていました。私も、橋を渡って、オプションの道案内が出ていれば、それで行くつもりでした。しかし、橋を渡って、階段で下りた所には、左側の本道のほうへ直進、右側のオプションのほうへは進入禁止のマークがでていたので、左側の本道のほうを行くことにしました。

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プラタナスの木に描かれた直進マーク。
道はしばらく、県道37号線と一緒の道です。アルルへの通勤の車か、結構アルル方面に行く車が通ります。途中まで、サント・マリー・ド・ラ・メールへ行く道でもあります。2013年、そこを目指して、自転車で走ったのを懐かしく思い出しました。

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対岸から眺めたアルルの町。

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3キロ位でしょうか、車が一緒に走る道が続きます。そのあとも、一般道路ですが、車は殆ど、通らなくなります。地中海まで続く、カマルグの大湿原です。右手に、カマルグの「白い馬」がいます。

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水田も出てきました。

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No village , no fountain and no shadow.
サン・ジルが近くなってきました。前半はよかったのですが、後半は、ヘトヘトです。途中、村もなく、給水場もありません。木陰もなく、ただ、炎天下、カマルグの湿原を、黙々と歩いて行きます。救いは、平坦な道だったことです。

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Italian pilgrim with a dog on the bridge over the Petit Rhone.
プチ・ローヌ川にかかる橋。
「アッ、人がいるッ!」アルルを出て、20キロ位も歩いて、初めて出会った人です。犬を連れたイタリア人の女性巡礼でした。これからあと、モンペリエまで、何回か出会う女性です。
川名の看板の下に、GR653の白赤のマークが見えます。常に、このマークを確認しながら、歩いて行きます。

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プチ・ローヌ川。ここまで来れば、もう安心。
一昨年は、この河口、サント・マリー・ド・ラ・メールまで、自転車で走りました。

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Small park on the hill.
Jose on the left. He was very kind to reserve gite and teach me French etc. I met him several times even in Spain.
と、思ったら、サン・ジルの町の手前で、急な坂道を登らされました。そのてっぺんまで登ると、役場があって、その前が、見晴らし台の小公園になっていました。そこに、先に着いた巡礼が二人いました。左側は、フランス人のジョゼさんです。最初の頃、彼には、宿を予約してもらったり、フランス語を教えて貰ったり、そのほか随分お世話になりました。ここで、初めて出会って、スペインまで、出会いを繰り返します。

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小公園に会った、戦没者慰霊碑。

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そこから、また坂を下って、サン・ジル教会のある広場まで行きます。広場の裏に、今日の宿、Accueil pelerin maison Marcel Avignon が見つかりました。一泊素泊まり、12ユーロ。
緑のドアの家が宿。受付は、裏庭にあります。泊まっている巡礼は、こちらのドアから出入りします。
正面がサン・ジル教会です。

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Gaia from Genova, an Italian pilgrim with a dog and Jose. Gite keeper on the right.
先程、橋の上で出会った、イタリア人女性ガイアさんとジョゼさん(64歳)。右は管理人さん。
ガイアさんは、ジェノヴァから来たそうです。イヌを連れているので、ジットには泊まれません。こうして、ジットに立ち寄っては、野宿する場所の情報を得ています。
テーブルの上に、冷たい水とミントが載っています。場所によっては、このように、到着した巡礼に、飲み物を提供してくれます。

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サン・ジル教会。このファサードの彫刻は、ロマネスク様式のもっとも優れたもののひとつだそうです。今、手元にあるミシュランのグリーン・ガイドを見ると、各彫刻の説明があります。この1ページを持っていれば、面白く見られたのに、惜しいことをしました。

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サン・ジル。8世紀頃の聖人だそうです。ギリシアから、小舟で、プロヴァンスに辿り着きました。

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泊まったジット。巡礼宿。
「巡礼の宿」という名前と帆立貝が掲げられています。受付は裏側ですが、泊まっている巡礼は、左側のドアから出入りします。
歴史的建造物として説明の看板もあるので、教会を見物に来た観光客も、なんの建物だろうなと見物に来ていました。

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宿を出た広場の向こうには、カフェがあります。ビールを飲みました。ここで、軽い食事もできるようです。夕食はここで、食べることにしました。看板に、「オリエンタル料理、Sur Commande 」と書いてあります。これが「事前予約」と言う意味だとは、知りませんでした。
夕食時、再び、ここに来ました。注文しようとすると、「すくなくとも一時間前に注文を貰わないと」と言って、断られてしまいました。料理は、ここで作るのではなく、別の仕出し屋さんがもってくることになっているそうです。カフェの人も、その仕出し屋さんに、電話で、すぐにできないかと、かけあってくれたのですが、駄目でした。がっくりと落胆して、この日の夕食は何を食べたのか、食べなかったのか、まったく記憶にありません。

つづく

ヴォヴェールへ

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「アルルの道」前半部分。アルルから、トゥールーズまで、約450キロ。一日の推奨ステージごとに、地名が表示されています。

To Vauvert, 29.05.
5月29日(金)

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Jose in front of the gite.
さて、巡礼2日目です。ジットの外へ出て、町の写真を写していると、ジョゼさんも出てきました。

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私も、一枚写して貰いました。私は歩くのが遅いので、ひとと一緒にあるくのが大変です。ジョゼさんには、そう言って、先に行ってもらいました。

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Coquille St. Jacques bought at St. Gilles
リュックに提(さ)げる帆立貝。アルルのサン・トロフィーム教会には、売っていませんでした。他の店も探しましたが、見つかりません。サン・ジルでは、泊まったジットや教会、お土産物屋さんで、いろいろな図柄の帆立貝を売っていました。私は、ジットで買いました。お金を払おうとすると、寄付で結構ですと言われました。2ユーロ、寄付箱に入れました。教会で、同じものを売っているのを見たら、6ユーロでした。ちょっと、ケチり過ぎたか…

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しばらく歩くと、道は運河沿いの道となります。灌漑用の運河です。これが、4キロ程続きます。

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サン・ジルから、9.2キロ来たところ。案内書の、次の標準宿場、ガラルグ・ル・モンテュまで、まだ、19.8キロもあります。とても、行けそうにありません。目標を、8.4キロ先のヴォヴェールまでに、変更しました。

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Jose along the canal.
途中、休んでいると、ジョゼさんが、やってきました。彼も、途中休んでいたそうです。

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カマルグの白い馬。

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An English man, an Italian and Jose. The Italian is coming back home from Santiago.
路上で、三人の巡礼が立ち話をしていました。真ん中の巡礼は、イタリア人で、ローマからサンチャゴまで歩き、再び、ローマに戻るところです。そこで、左のイギリス人とジョゼさんが、いろいろ情報を貰っていました。

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Entering Vauvert.
ヴォヴェールの町に入りました。教会前広場のカフェで、ジョゼさんが休んでいました。聞くと、ジョゼさんは、「私もここに泊まります。今、電話して、一晩5ユーロのジットに行くことにしました、但し、混んでいて泊まれるかどうかわかりません」ということです。そんなに混んでいるのかと、私は、二食付で、33ユーロの、別のジットの予約を、ジョゼさんにお願いしました。そして、OKとなりました。ジョゼさんに、「私と同じジットに泊まらないか」と誘うと、33ユーロは高すぎるということでした。

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My gite, Le Relais de la Gare.
私のジットは、Le Relais de la Gare (「駅の宿場」というような意味)というところです。ヴォヴェール駅前にあります。
先程のカフェの主人に道を聞いて、駅を目指して、ジョゼさんと別れました。着いてみると、ここがそうかと疑う程、立派な館です。しかし、呼び鈴を押してみても、裏に回ってみても、人の気配がありません。

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ジット玄関の装飾。
どうしようか、道ばたのベンチに腰かけて、思案していました。すると、そこへ、ジョゼさんが、テクテクとやってきました。
「どうしたのですか?」
「宿が満員だといって、断られました。私も、huckさんと、同じ宿にします。」
と言って、私の宿に電話を入れました。何度、電話しても通じません。この宿に泊まるのは、私も諦めました。近くに、観光案内所があるので、そこへ行って、相談してみようということになりました。

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At the office de tourisme of Vauvert.
ヴォヴェールの観光案内所にて。ジョゼさんと、二人の受付嬢と。
ここでも、ミャム・ミャム・ドドに載っている以上の情報はありません。そこで、14キロ先のガラルグのキャンプ場のバンガローを予約して、タクシーで、そこまでいこうということになりました。二人なら、安く済むだろうという考えです。

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そして、観光案内所で、キャンプ場とタクシーの手配をお願いしました。そして、タクシーを待っていた時です。ジョゼさんの携帯がなりました。私が、泊まろうとしていたジットからです。
「仕事から今、戻ったので、今なら、ジットにいます。」ということでした。
観光案内所にキャンプ場とタクシーのキャンセルをお願いしました。

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Rooms of the gite.
ジットに戻ると、中年の女性が待っていました。部屋は母屋とは、別棟の建物でした。泊り客は、われわれ二人だけです。
「同じ部屋にしますか、別々の部屋にしますか?」と聞かれました。どうせ同じ料金なら、別々の部屋にしてもらいました。

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Name of my room.
私の部屋は「白い馬(白いたてがみ)」という名前の部屋でした。カマルグは、まだ続いています。
きょうは、後半、いろいろあって、やっと落ち着いたのは、午後5時半。

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前にも述べた通り、ここは、二食付です。夕食は、午後7時から。母屋の台所が、食堂でした。どうやら、女性(写真)は、オーナーではないらしく、ここに勤めているようでした。そのうち、オーナーが出てくるようなことを言っていましたが、とうとう顔を出しませんでした。結局、母屋がどうなっているのか、不明のままに終わってしまいました。

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ワインは、赤・シロ・ロゼが出ました。「ロゼがおいしいですよ」と言われましたが、結局、ジョゼさんも、私も、最後は、赤。
こうして、この日は、ひとり一部屋というおまけまでついて、最良の結末を迎えました。

つづく