映画「ストレイト・ストーリー」

原題 The Straight Story
1999年
アメリカ・フランス合作映画
主演 リチャード・ファーンズワース(1920年生まれ。公開の翌年2000年に自殺しています)
監督 デヴィッド・リンチ
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73歳の老人がいます。長い間、けんか別れした兄が 、病気で倒れたことを知ります。560km離れた所に住んでいます。時速8kmの芝刈り機にトレーラーを引っ張って、その兄に会いにゆきます。子供の頃したように、ただ二人で星空を眺めるためにです。これは、その道中の物語、ロード・ムービーです。行く先々で、出会う人たちとのセリフに、味わい深いものがあります。
こちらから→予告編へ。

次は、ブログ関連記事の再掲載です。

スイス 2013年6月13日のつづき

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ブークスのキャンプ場は、ブークスの町の手前にありました。近くに、岩山がそびえています。アルプスの中へ入って来たな、という感じです。
ブークスのキャンピング・ヴェルデンベルクCamping Werdenberg(←詳しくはここをクリック)から見える岩山。キャンプ場の名前、Werdenberg の、Bergは、山という意味ですから、あれが、「ヴェルデン(Werden)山(berg)」なのかもしれません。

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ライン川の谷間(赤い線)にブークスはあります。ライン川が、スイスとリヒテンシュタインの国境になっています。ブークスの対岸は、リヒテンシュタインです。リヒテンシュタインの東、ボーデン湖の南はオーストリアです。
ブレゲンツ(オーストリア)から、ブークス(スイス)まで、途中とんでもない急坂の道に迷い込みました。
しかし、なんとか峠を超えて、今日の走行距離:60km。累計走行距離:254km。

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このキャンプ場は、こじんまりした、綺麗なキャンプ場です。街のちかくにありながら、近くに、山あり、湖ありで、自然にも囲まれた雰囲気です。
キャンプ場の管理人が親切な人で、洗濯場の場所を聞いたら、これを使えと、洗濯石鹸まで用意してくれました。
キャンプ場の真ん中に張った私のテント。私のあとに、2組のサイクリストがやってきました。

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キャンプ場の入り口の前には、小さな湖があります。名前は、ヴェルデンベルク湖 Werdenbergersee 。湖の向こうには、山の上のお城と古い家並みが見えます。一幅の絵になります。
湖の手前に、何か立っています。

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こうすれば、絵になるという訳です。

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キャンプ場に、トラクターがありました。

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その持ち主のところに行ってみました。ドイツから来た夫婦です。なんと、ご主人と奥さんが別々のトラクターで、別々のキャンピングカーを引っ張って来たそうです。確かに、同じトラクターが2台ありました。

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時速20km。きょうは、100km先から来たと言っていました。高速道路以外、公道を走るのはOKだそうです。

これを見て、映画「ストレイト・ストーリー」を思い出しました。
ご夫婦に、この映画を見たか尋ねたところ、見ていないと言うことでした。
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映画「汚れなき悪戯」

原題 Marcelino Pan y Vino (パンとワインのマルセリ―ノ)
1955年 スペイン映画
主演 パブリート・カルボ(2000年没。享年52歳)
監督 ヴァイダ・ラースロー

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映画「汚れなき悪戯」の原作(1956年発行)のカバー。
私が買った本の中で、今も持っている、最も古い本の一冊です。

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原作のはじまり。

予告編はこちら

以下は、「2014年の旅」の関連記事の再掲載です。
The following is the related artcle of the way in 2014.
The evening in Najera
47th day, 29.06.2014
Logrono to Najera

第47日目 スペイン 2014年6月29日
ログローニョ~ナヘラ

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左側、ピンクの建物が、ログローニョのアルベルゲ。右側の建物が、サンティアゴ教会。
Pink building on the left is albergue. The building on the right is church of Santiago.

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サンティアゴ教会の正面。上の像は、「ムーア人殺しのヤコブ(Santiago matamonos) 」と呼ばれているもの。イベリア半島をイスラム勢力から解放するレコンキスタ(再征服)の時代、ヤコブ(=サンティアゴ)は、キリスト陣営の守護神と考えられていました。キリスト軍は、「サンティアゴ―!」と叫んで突撃したそうです。天草の乱でも、天草四郎軍は、「サンチャゴ―!」と叫んで、突撃したと言われています。
The front above of the church is Santiago matamonos. He was god for the Christianity again Islam when they re-conquered the Iberia peninsula. Christian army marched crying "Santiago!"

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ログローニョの町中の巡礼路にある巡礼者の銅像。
Statue on the way in the town of Logrono.

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しばらく歩くと、道端に、小屋が建っていました。飲み物・食べ物を補給してくれたり、巡礼手帳にスタンプを押してくれます。「マルセリ―ノ」と書いてあります。スペイン映画「汚れなき悪戯」を思い出しました。スペインで、マルセリ―ノという名前に出会うのは、格別です。
There was a hut on the way. It says "Marceline". I remembered film "Marceline pan y vino".

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映画「汚れなき悪戯」1955年スペイン映画。捨て子のマルセリ―ノが、初めて母性に触れる、白黒の美しいシーン。
"Marceline pan y vino" Sapanish film in 1955. Scene of Marcelino, an abondoned child, touching feeling of "mother" for the first time.

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小屋に座っている人に、この映画のことを尋ねると、さすがに知っていました。しかし、この小屋に書いてある「マルセリ―ノ」とは何なのか?までは、言葉が通ぜず、分かりませんでした。(後日、写真を見直すと、アルベルゲの案内所であったかもしれません。)
I asked if they knew the film. They knew it. But I could not know who was Marceline in this hut because I did not understand Spanish.

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リオハのブドウ畑。土が赤い色をしています。
Vineyard in La Rioja in red soil.

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ナバレッテの町が見えてきました。
The town of Navarette.

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昔の巡礼病院「San Juan de Acre」。このように巡礼路沿いに、巡礼病院跡がたくさん残っています。病人の巡礼が、たくさんいたのでしょう。向こうの建物は、リオハ・ワイン醸造所です。
Hospital for pilgrims "San Juan de Acre". There are a lot of ancient hospitals for pilgrims. There might be great number s of pilgrims with deseases.

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ナバレッテは陶器の産地なのか、このような陶器の置物がいくつか目につきました。

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ナバレッテの二つのレストランの開店は、13:00からとのこと。早すぎたので、ここでの昼食は食べそこないました。そこから、7キロ歩いて、次の町、ベントーサ。ここでようやく食べ物にありつきました。イカ・フライ。これが一番腹の足しになりそうなものでした。
Two restaurants in Navarette would open at 13:00. It was too early and I could not eat lunch here. I walked 7km more and arrived at Ventosa. I could get fried calamar.

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カフェにいた巡礼。もうプロという感じ。犬を連れています。
Pilgrim at the cafe. Looks like professional. He took a dog.

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「巡礼のみなさん、道中、リオハ・ワインを楽しみましょう」。
この旅の途中、リオハ・ワインには、随分お世話になりました。高いものから安いものまで、皆おいしく頂けました。特に安いものが、どうしてこんなにおいしのだろうと、思うくらいでした。

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道の途中で、日本人青年のケントさんに出会いました。
I met Mr.Kent, a Japanese boy.

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こちらは、韓国人女性。一見、元気そうですが、両ひざを痛めて、休んでいるところです。以後、何日間か、荷物をタクシーで運んでもらっていました。
She is a Korean girl. She looks like fine but has knees-ache and takes a rest.

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リオハのブドウ畑の向こうに、「メセタ」という高原台地が見えてきました。頂上が平らになっているのが、印象的です。道は、あれを超えて行きます。あの一番高い所は、標高610mです。
Meseta over vineyard. We must pass over it. The highest point is 610m high.

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きょうの宿泊予定地、ナヘラに到着。先に着いた巡礼が二人、お茶を飲んでいました。
Two pilgrims arrived at Najera earlier than me and drank cafe.

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ナヘラのアルベルゲの受付嬢。かろうじて、空いているベッドがありました。90人収容可能のアルベルゲです。ほぼ満員でした。一番奥のベッドだったので、私は、最後から何番目かだったのでしょう。朝のスタートが遅いので、ぎりぎり最後の客のことがよくあります。しかし、宿については、なんとか、やってきています。
Receptionists of albergue in Najera. 90 people can stay in this albergue and it was almost full. I was one of the last pilgrims and stayed on bed at the end of room.

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ナヘラの中華料理店の中国人。
巡礼路を歩いてきて、町に入ってすぐ、中華料理店がありました。そこからアルベルゲまで、歩いてニ十分ほどありました。ちょっと面倒ですが、スペインのタパスにも飽きたし、ブラブラ、町を見物しながら行ってみることにしました。さっき出会ったケント君も、このアルベルゲにいました。誘おうと思って、探しましたが、見つかりません。
Chinese of the restaurant in Najera.
I walked about 20 minutes to the Chinese restaurant.

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6.5ユーロ、7.5ユーロ、8.5ユーロ、三種類のメニューがありました。清水の舞台から飛び降りるつもりで、一番高い8.5ユーロのメニューを頼みました。カニとトウモロコシの野菜サラダ、エビフライの甘酢かけ、ヤキソバ。皆おいしくて、満足しました。
There were 3 kinds of menus. 6.5Euro, 7.5Euro and 8.5Euro. I made very difficult dicision to choose the 8.5Euro. But every dish was delicious and I was satisfied.

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中華料理店からの帰り道。町の中心を、ナヘリージャ川が流れています。アルベルゲは、写真のこの河の左側手前にあります。
On the way back to albergue. River Najerilla in the middle of the town. Albergue is on the left side of the river in this photo.

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アルベルゲに戻ると、アルベルゲに泊まっている巡礼が、おもてに出て、三々五々、思い思いに夕べの時を過ごしていました。いつものイタリア人グループも、食事を終え、ギターを囲んでいます。一番左に、足を痛めた、レンツァさんもいました。
When I returned back to the albergue, pilgrims spent time in front of the albergue enjoying the evening of Najera. The Italian group was around the guitar. Mrs.Ranza with foot-ache was seen on the left.

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ほぼ毎日顔を合わせているイタリア人グループの人たちです。
I met these people of the Italian group every evening.

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ベンチに日本人の男性がいたので、声をかけてみました。Kさん、67歳です。1974年に、サンティアゴの道を歩いたといいますから、日本人としては、先駆者でしょう。いろいろ旅の話が面白いので、一杯やりながら、ゆっくり話をしましょうと、二人で、近くのカフェに入りました。ところが、その時突然、地元のスペイン人グループが、十人以上どやどやと入って来ました。大勢のスペイン人の叫び声とでもいうべき、話し声はたまりません。話は諦めて引き揚げてきました。
I found a Japanese on the bench and talked to him. Mr. K. 67 years old. He walked on the way of Santiago in 1974. He must have been a pipneer of the way among Japanese. As we would like to drink wine and talk more, we changed to a cafe. Then, very big local Spanish people came into the cafe. Spanish people talk in very big voice like crying. We could not talk there any more and came back to the albergue in vain.

今日の歩行距離:31km。ル・ピュイから、1,013km。今までの最長距離を歩きました。また、ル・ピュイから1,000kmを超えました。
滞在先: ナヘラ・アルベルゲ。素泊まり、5ユーロ。
Walked 31km today: 1,013km from Le Puy
Stayed at Albergue Association, Najera. 5Euro bed only.

映画「ジェヴォ―ダンの獣」

原題 Le pacte des loups (オオカミ協定)
2001年 フランス映画
出演 サミュエル・ル・ビアン、ヴァンサン・カッセル
監督 クリストフ・ガンス

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2001年公開のフランス映画に「ジェヴォ―ダンの獣」というのがあります。私はテレビで放映されたのを見ました。
Wikipediaによれば、次のような内容の映画です。
「舞台は1764年のフランス。
ジェヴォーダン地方に出没し、女・子供ばかり100人以上の犠牲者をだしている謎の獣の正体を突き止めるべく、フランス国王ルイ15世は、王室博物学者のグレゴワール・ド・フロンサックを派遣する。フロンサックは新大陸で出会い義兄弟の契りを交わしたモホーク族のマニを連れ、ジェヴォーダン地方に赴く。
獣に恐怖する住人、手をこまねくだけの貴族たち。2人はジェヴォーダンの獣の正体を突き止められるのだろうか。」

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ジェヴォ―ダンの獣の想像図。

私は、フィクションかと思っていました。
ところが、2014年のことです。サンティアゴ巡礼に行くに当たって、ガイドブック、CiceroneのThe Way of St James Franceを読んでいました。出発点のル・ピュイを出てまもなく、
「18世紀末に、多くの人命を奪った謎の獣(ジェヴォ―ダンの獣)でよく知られるジェヴォ―ダン」
を通ると、説明がありました。
あれッと思って、早速、Wikipediaで調べました。こう出ています。
「ジェヴォーダンの獣(ジェヴォーダンのけもの、仏: La bête du Gévaudan)は、18世紀のフランス・ジェヴォーダン地方(現在はロゼール県の一部)に出現した、オオカミに似た生物。1764年から1767年にかけマルジェリド山地周辺に現れ、60人から100人の人間を襲った。獣が何であったかは、現在も議論されている。 事件は未確認動物学と陰謀の両方の面の憶測がされている。」

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ジェヴォ―ダンの獣の想像図(Wikipediaより)

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ジェヴォ―ダンの獣の想像図(Wikipediaより)

ある記録によれば、その獣に襲撃された回数、198回。死者88名、負傷者36名。被害者は、女性と子供が多かったそうです。(以上Wikipediaより。詳しくはこちら。)

ジェヴォ―ダン地方は、現在のフランス中央南部ロゼール県の辺りです。サンティアゴ巡礼路「ル・ピュイの道」の通り道、ソーグ、サン・タルバン・シュル・リマニョール、オーモン・オーブラック、ナスビナルなどの村には、その獣の記念碑が建っているそうです。見落とさないように、持ってゆく地図に、印をつけておきました。
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オーヴェールという村にある記念碑。1765年8月、獣に襲われたマリー・ジャンヌ・ヴァレという娘が、勇ましく争ったという話があります。それに基づいて建てられた記念碑。(Wikipediaより)
残念ながら、この村は、サンティアゴの道から、外れていて、通りませんでした。
巡礼中、出てきたら、どうしようかと、ドキドキしたものです。

次のタイトルをクリックすると、2014年5月に、ジェヴォ―ダン地方を通過したときの記事を見ることができます。
ジェヴォ―ダンを無事通過
ジェヴォ―ダンの宿

予告編は、←ここをクリック。

映画「第三の男」

原題 The third man
1949年 イギリス映画
主演 ジョセフ・コットン(1905-1994), アリダ・バリ(1921クロアチア生まれ-2006)、オーソン・ウェルズ(1915-1985)、トレバ―・ハワード(1913-1988)
監督 キャロル・リード
音楽 アントン・カラス
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ウイーンと言えば、「第三の男」。この映画を見た高校時代以来、このふたつは、いつも一緒です。映画は、戦後まもない、列強四か国(米ソ英仏)に占領されていた、暗いウイーンです。しかし、今でも、そのイメージが、私から離れません。ウイーンへ行くと、「ハリー・ライムのテーマ」をかなでるチターの響きが頭の中を鳴りっぱなしです。
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次のタイトルをクリックすると、「ヨーロッパのんびり旅」の関連記事がご覧になれます。

→蛇足的プロフィール 「ヨーロッパ自転車の旅を、なぜ始めたか?(前篇)」
→2008年 オランダからブダペストへの旅 「ウィーン 第三の男

尚、このブログを作るにあたり、インターネットを調べていましたら、ウイーンに「第三の男ミュージアム」(←ここをクリック)というのがあるのを、知りました。
ウイーンへは、この「ヨーロッパのんびり旅」を始めてからだけでも、次の旅の途中で、4回も訪れています。
2005年 ドイツからブダペストへの旅
2008年 オランダからブダペストへの旅
2010年 ドナウ川紀行
2012年 オランダから黒海への旅
しかし、「第三の男ミュージアム」や、この映画の有名なラストシーンに出てくるウイーン中央墓地(上の二番目のポスターの一番下の写真)は、まだ訪れたことがありません。次回は是非訪れたい場所です。

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ウイーン、プラーター公園の大観覧車。

映画「終電車」

原題 Le dernier metro
1980年 フランス映画
主演 カトリーヌ・ドヌーヴ、ジェラール・ドパルデュー
監督 フランソワ・トリュフォー(1932-1984)
音楽 ジョルジュ・ドルリュー

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下の青いタイトルをクリックすると、この映画の「ヨーロッパのんびり旅」関連記事を見ることができます。
→2013年 スイス~ローヌ川~地中海~ミディ運河~ガロンヌ運河~ボルドー: リヨンと永井荷風 「サン・ジャンの恋人