ヴェズレイの道その8 ブレ―ヴからクラムシーへ ロマン・ロランの少年時代を訪ねて

From Breves to Clamecy
Visiting the childhood of Romain Rolland

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「ヴェズレイの道」の出発点、ヴェズレイ Vezelay を出て、まず、ブレ―ヴ Breves まで歩きます。約15キロです。
ブレ―ヴに一泊した後、クラムシー Clamecy まで歩きます。約10キロです。
クラムシーは、ロマン・ロランの出生地です。

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Le musée d'Art et d'Histoire Romain Rolland, à Clamecy, a été fondé en 1876. Il est installé dans l'hôtel de Bellegarde, dans la maison natale de Romain Rolland, dans celle de son grand-père maternel et dans une extension contemporaine. Le fait qu'il se trouve en partie dans la maison natale de Romain Rolland lui a valu le label Maisons des Illustres.
クラムシーのロマン・ロラン生家。現ロマン・ロラン美術歴史博物館 Le Musee d'Art et d'Histoire Romain Rolland。Avenue de la Republique。Wikipediaより。

「少年のロランは時々「お祖母(ばあ)さんの車(1870年代初めのころですから、馬車のことでしょう)に乗って、もしくは歩いて、父親と、夕食後、(クラムシー Clamecy から)ブレーブ Breves へ出かけるのだった。夏の夜の10キロの道程(みちのり)、その息吹を、子どもの不安で、むさぼるようなそばだつ耳は聞き逃さなかった。マルシェの森を横切り、ヴィリエ Villiers でイヨンヌ川にかかったせむしのような橋を渡り、10時ごろ不意に訪ねていくのだった。」(回想記)」(新村猛著「ロマン・ロラン」岩波新書より。)
(ブレ―ヴには、母方の祖父が住んでいたようです。)

この少年ロランが通った、クラムシー Clamecy とブレ―ヴ Breves の間の道は、二ヴェルネイ Nivernais 運河の曳舟道 Halage と推定されます。今回は、そこを歩いて、ブレ―ヴからクラムシーへ行ってみようというわけです。
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二ヴェルネイ運河と曳船道。Wikipediaより。

二ヴェルネイ運河は、ロワール川のサン・レジェール・デ・ヴィーニュ Saint-Leger-des-Vignes とヨンヌ川のオーセール Auxerreを結ぶ174kmの運河です。(このうち、私は10キロだけを歩くことになります。)

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二ヴェルネイ運河とロワール川との合流点、デシーズ Deciseにあるキャンプ場にて。2011年撮影。
川を隔てて、デシーズの向かいが、上述のサン・レジェール・デ・ヴィーニュです。
写真のフランス男性は、ロワール河をカヌーで下って、大西洋まで行くそうです。川から上がってきて、「あなたの隣にテントを張っていいですか?」と、声をかけられました。黄色いテントが私のものです。

既に何度か紹介しましたが、曳船道とは、船にまだ動力の無かった時代、人間や馬などが引っ張る際に使った道のことです。
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日本の曳舟道。
「江戸時代の曳舟道の様子。・・・墨田区北部にあった曳舟川(現在はほとんどの区間が埋め立てられ、道路となっている)。」 Wikipediaより。
森鴎外の「高瀬舟」にも、
「京都の高瀬川は、五条から南は天正十五年に、二条から五条までは慶長十七年に、角倉了以が掘ったものだそうである。そこを通う舟は曳舟(ひきふね)である。原来(がんらい)たかせは、舟の名で、その舟の通う川を高瀬川というのだから、同名の川は諸国にある。しかし舟は曳舟には限らぬので、・・・」
とあります。

ドナウ川でも、ライン川でも、セーヌ川でも、まだ、この曳舟道が残っていて、主にサイクリング・コースとなっています。
私は、この曳舟道が好きで、この道を通って、いろいろな運河をサイクリングしました。特に南仏の、ミディ運河の美しい静かな曳舟道は忘れられません。
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ミディ運河の曳舟道(右側の小道)。2015年撮影。

尚、ブレ―ヴ Breves には、ロマン・ロランの墓があります。
写真を見る限り、教会の壁際に、ひっそりと眠っています。
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ブレ―ヴにあるロマン・ロランの墓。Wikipediaより。

「ロランの死後、ヴァレリーその他知名の士から成る委員会が設けられて、遺骸をパンテオンに祀(まつ)ろうとする運動をおこした。しかし、翌年2月8日、旧友を代表してルネ・アルコスがロランの遺書を発表した。
「私はクラムシーの両親の傍らに葬られることを望みます。私は教会の儀式を信じないとはいえ、私は自分の身体が聖マルタン聖堂に運ばれ、そこで追悼の祈りが行われることに同意します。・・・」(ロランの手紙)
遺言に従って、ロランはクラムシー Clamecy に近いブレ―ヴ Breves に葬られ、・・・いま永い眠りについている。」(新村猛著「ロマン・ロラン」岩波新書より)

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Tympan de l'eglise Saint-Martin in Clamecy from Wikipedia.
クラムシーのサン・マルタン聖堂のタンパン。
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ヴェズレイの道その7 ヴェズレイとロマン・ロラン

Vezelay and Romain Rolland

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ヴェズレイ付近の地図。

ロマン・ロラン(1866-1844)は、晩年の1938年(72歳)から1944年(78歳)まで、ヴェズレイで過ごしています。そして、そこで亡くなりました。

1937年、ロマン・ロランは、それまでスイスのヴィルヌーヴに住んでいましたが、「・・・故郷に移住しようと決意した。しかし、それは生まれた町クラムシーではなかった。「ヴェズレイはとても美しい所です。クラムシーは全くいうに足りません。」といっているとおり、コラ・ブルニョンの故郷ブレ―ヴの近くにあり、聖ベルナールが第二次十字軍をおこすように説教した土地であり、中世末期には自由市になったヴェズレイの町であった。」(新村猛著「ロマン・ロラン」岩波新書より。以下も同じ)

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ヴェズレイの絵地図とロマン・ロランの家(現ゼルヴォス博物館.。地図の左下部分、グレーの字で、Musee Zervosとあるところ)

そして、1939年の夏、「対独宣戦布告がおこなわれたのち八カ月あまりの間、西部戦線では戦闘らしい戦闘は交えられず、<妙な戦争>がつづいた。そのあとに、突然、マジノ線突破とダンケルク敗走が不意におそい、1940年6月、ヴェズレイにドイツ軍装甲自動車部隊が侵入した。ロラン夫妻はヴィルヌ―ヴへ逃れる余裕がなく、ヴィシー政府の憲兵隊詰所が道の向い側にある住居に居残らなければならなくなった。」

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ロマン・ロランの家。現ゼルヴォス博物館。

ヴェズレイの道その6 ロマン・ロランゆかりの地

Places related to Romain Rolland on the way of Vezelay

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ヴェズレイの道の出発地点、ヴェズレイからの地図。赤の実線が、ヴェズレイの道の巡礼道。

私は、ヴェズレイ出発の後、上図の通り、ブレ―ヴで一泊、ヴァルジーで一泊という旅程にしようかと考えていました。
その後、「ヴェズレイの道その3」で紹介したように、ヴェズレイが、晩年のロマン・ロランが過ごした土地だということを知りました。
この作家のことは、すっかり忘れていました。しかし、そのことを知って、私が17歳のとき、ロマン・ロランの「ジャン・クリストフ」を読んで感動したことなどを想い出してきました。五十数年前の話です。
再び、ロマン・ロランに興味を持って、調べてみました。すると、面白いことが分りました。

上図で、ヴェズレイが、ロマン・ロラン晩年の7年間を過ごした町であることは、「ヴェズレイの道その3」で既に振れました。
また、クラムシーとあるところが、ロマン・ロランが生まれた町だそうです。

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クラムシーの町。(同観光案内所のサイトより)

そして、ブレーヴとあるところが、ロマン・ロランの墓のある町だそうです。
(クラムシーとブレ―ヴ間の距離は、約10キロです。)
旧知に会うように懐かしく、それぞれが、こんなに、近くにあるのなら、立ち寄ってみようと思いました。
そこで、ルートを変更し、上掲地図の点線の通り、ブレ―ヴのあと、コースを、クラムシーへ取り、そこで一泊することにしました。
そのあとに、クラムシーから、ヴァルジーへと向かうことにします。

今、大長編「ジャン・クリストフ」の再読に挑戦しています。

ヴェズレイの道その5:ヴェズレイとその後の宿

Accommodation of Vezelay and after

ヴェズレイには、巡礼が泊まるのに適当な安い宿として、次のものがあります。

1.Maison d'Accueil
Centre Sainte Madeleine
26 Saint Pierre
サント・マドレーヌ大聖堂の直ぐ近くにあります。この他にも、maisons de Saint-Bernard et Betanie などの宿舎もありますが、受付はすべて、ここ、Centre Sainte Madeleine になっています。
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サント・マドレーヌ・センター受付。From the site of office de tourisme de Vezelay.

収容人員は、90名だそうですから、ベッドにありつくには問題ないでしょう。
予約は受け付けないと載っています。
一泊、25ユーロ。食事、10ユーロ。

2. Auberge de Jeunesse - Camping municipal de l'Hermitage
route de l'Eang
もうひとつは、ヴェズレイの中心から南へ、700メートル下ったところにある、ユースホステルとキャンプ場です。
ユースホステルの収容人員は、38名。ひとり、一泊、14.30~18.30ユーロ。
キャンプ場は、一泊、7.40ユーロ。
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ヴェズレイのユースホステルとキャンプ場。From the site of office de tourisme.

3.Camping in Asquins
他に、セルミゼル・ヴェズレイ駅から、ヴェズレイに向かって歩いて来ると、ヴェズレイの手前2キロ弱のところに、アスカン Asquins という村があります。ここにも、次のキャンプ場があります。
Camping - Roulottes du Patis
Route de Givry
キャンプ場、一泊、9ユーロ。
Roulotte (ジプシーや旅芸人が住む大型馬車)というハウストレーラーもあります。これは、5人泊まれるもので、5人で、85ユーロ。ひとりで泊まれば、ちょっと高くついて、65ユーロ。
セルミゼルの駅から歩いて来て、疲れたら、ここに泊まるのも、ありかなと思っています。

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(Photo from the site of the camping, Asquins)
セルミゼル駅から、ヴェズレイに向かって歩いて行く途中にある、アスカンの村。
なんと、のんびりした村でしょうか。

いずれにせよ、ヴェズレイでは、宿の確保の心配はなさそうです。
天気と気分次第で、決めて行きましょう。

そのあとの宿:
ヴェズレイから後の宿については、問題のありそうなところも出てくるようですが、その都度、決めて行きたいと考えています。できるだけ、自由にしておきたいためです。
ガイドブックにザーッと目を通して、毎日歩く距離と宿を照合してみました。一日20キロ前後を歩くとすれば、全行程を、59泊でゆくことになります。そのうち、30泊分、キャンプ場があります。キャンプ場には、まず予約は必要ありません。宿の半分は、宿の確保の心配をしないで、ゆけるのではないかと、楽観しています。

ヴェズレイの道その4: ヴェズレイへの行き方

How to come to Vezelay

パリからヴェズレイまで、約200キロあります。
どうやって行くのか?
ヴェズレイ観光案内所office de tourisme de vezelay のサイトによれば、パリからヴェズレイへ、公共の乗り物で行く場合、ふたつの方法があります。

ひとつは:パリのベルシー駅gare de Bercy から、電車で、セルミゼル・ヴェズレイSermizelles-Vezelayまで。
2018年5月の時刻表(ダイレクト便のみ)は、一日、次の二本です。
Paris-Bercy ⇒ Sermizelles-Vezelay
08:33 ⇒ 10:58
12:33 ⇒ 15:03
一人、2等片道、35ユーロ。
セルミゼル・ヴェズレイ駅からバス。または徒歩で、10キロ。またはタクシーをヴェズレイから呼び寄せる。

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(photo from wikipedia)
パリのベルシー駅

もうひとつは:パリのリヨン駅gare de Lyon から、TGVで、モンバールMontbardまで。
モンバール駅からバスで。63キロ。

まだ、よく調べていませんが、どちらも、ヴェズレイまでのバスの便はよく無さそうです。また、私は電話を持ちませんので、タクシーは誰かに頼んで呼んでもらわなければなりません。セルミゼル駅からは、ヴェズレイまで、10キロということです。バスがなくとも、ちょうど、足慣らしには、よい距離です。
パリのベルシー駅からの電車で行き、駅で、バスやタクシーの具合を見て、駄目なら、駅からヴェズレイまで、歩くことにします。

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(photo from wikipedia)
セルミゼル・ヴェズレイ駅。見るからに、のんびりした駅です。
尚、私のブログのリンク欄に載せている「カミーノ・デ・サンティアゴ友の会」の行き方でも、この方法が載せられています。それによれば、バスの便は、月~金の、一日、2本だそうです。