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14.辛いお知らせ

14. Unhappy information
06.06.2019

フランシージェナの道への出発を、今年6月17日の予定としていましたが、
残念ながら、中止と決めました。
今年から、期間を1カ月に短縮すると、先にも連絡しましたが、
それと同じ理由で、家内の体調が悪化したためです。

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13.スタンダールの「カストロの尼」

28.05.2019
"L’Abbesse de Castro" of Stendhal

いよいよ、フランシージェナの寄り道で見たい、最後のものです。

スタンダールの晩年の作品に「イタリア年代記」という中・短編集があります。先に紹介した「チェンチ一族」もそうですが、今回、紹介する「カストロの尼 」"L'Abbesse de Castro"も、そのひとつです。
これは、16世紀、イタリアの若い山賊と高貴な家柄の娘との悲劇に終わる恋の物語です。

物語の始まる前に、スタンダールは、将来、女子大修道院長となるヒロイン、エーレナ・ディ・カンピレアーリについて語ります。
「・・・娘のエーレナは、ファルネーゼの蒐集中にある、その肖像画を見れば解るように、美の奇跡であった。私は彼女の物語を書きはじめてから、ファルネー宮殿へ行って、数奇の運命によって一代の語り草になり、いまなお人の記憶に残るこの女性に、天が与えたうつせみの姿をながめた。顔は面長で、額(ひたい)は高くひいで、頭髪は濃いブロンド、顔の表情はむしろ陽気なところがあり、大きな眼には意味深い表情をうかべ、栗色の眉は少しの狂いもない三日月形で、唇はきわめて薄く、口のあたりは名工コルレッジョの筆かと思うばかりである。ファルネーゼの画廊で多くの肖像画にとりまかれたところは、まさに女王の風格がある。陽気な表情に威厳がともなうことは珍しいことである。」((岩波文庫・桑原武夫訳)

最近、この「カストロの尼」を読み返して、この文章を発見し、是非この絵を見たいものだと思いました。ところが、問題は、この絵の所在の場所です。スタンダールの言っている、ファルネーゼ宮殿とはどこにあるのか?物語の内容からすると、ローマ近辺だと推測されます。

Wikipediaで、Palazzo Farnese で検索してみました。すると、ローマにありました。現在、ここは、フランスの大使館になっています。しかし、週に何回か予約条件に見学を受け付けています。この絵の所在については、何も言及がありません。
更に調べると、ローマ以外、イタリア各地に、2,3のファルネーゼ宮殿があるようです。しかし、まあ、この絵の所在を、これ以上詮索するのは、やめにしておきたいと思います。ローマで時間があったら、ローマのファルネーゼ宮殿を見物してみましょう。
どなたか、ご存知の方がいらっしゃったら、ご教示お願いいたします。

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Palazzo Farnese, jewel of Renaissance in Rome, the present French Embassy in Rome.
ローマのファルネーゼ宮殿。現フランス大使館。

尚、どの訳者が、最初にこのような題名に訳したのかは分かりません。この題名そのものも、想像力をかきたてる題名で良いのですが、abbesse を辞書で引くと、「女子大修道院長」です。正確に訳すと、カストロの「尼」ではなく、カストロの「女子修道院長」となるところです。ストーリーからして、やはり、原題に近い「女子修道院長」のほうが、よかったのではないかという気がします。

フランシージェナの寄り道 おわり
End of detours from Via Francigena

12スタンダールの「チェンチ一族」

20.05.2019
"Les Cenci" of Standhal

この記事は、2017年に、「グイード・レニ」のタイトルで、一度紹介したものです。これは、その改訂版です。

来年(2020)、「フランシージェナの道」の終点が、ローマです。そこで、スタンダールの「チェンチ一族」の題材となった、ベアトリーチェ・チェンチとルクレチア・ペトロ―ニ・チェンチの絵を見たいと思っています。
現在、問題となっている、肉親による性的虐待の話です。16世紀、ローマで起こりました。ベアトリーチェは父親の虐待に耐えかねて、父親を殺してしまいます。ルクレチア・ペトロ―ニは、その義母です。ベアトリーチェは、処刑時、16歳でした。

「チェンチ一族」の中で、スタンダールは、次のように書いています。
「バルベリーニ画廊の・・・肖像画は、グイード・レニの筆である。・・・巨匠グイードは、ベアトリーチェの首につまらぬ布をちょっとばかりからませ、頭にターバンをからませているが、これは、ベアトリーチェが断頭台に臨むためにつくらせた衣装や、絶望の淵に沈んでいる16歳のかわいそうな少女の乱れ髪を、正確に模写したら、あまりに真にせまってすごい印象を与えることに、なりはしまいかとあそれたからだろう。顔は優しくて、美しい。まなざしは、きわめて優しく、目はひどく大きい。さめざめと泣いているところを不意に見られたもののような驚きの目をしている。」

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A portrait of Beatrice Cenci attributed to Guido Reni.
グイド・レーニ作「ベアトリーチェ・チェンチの肖像」(写真はwikipediaより)

また、彼女の義母、ルクレチア・ペトロ―ニについては、次のように書かれています。

「バルベリーニ画廊の・・・肖像画は、ルクレチア・ペトロ―ニ。すなわち、ベアトリーチェの義母の肖像である。自然の美と貴位とをもつローマ貴婦人の典型だ。目鼻立ちは大柄で、肌は抜けるように白く、黒くて濃い眉毛を持ち、まなざしは威圧的で同時に情欲的である。これは、義理の娘の、きわめて優しい、きわめて純真な、ドイツ型といってよいくらいの顔立ちとはよい対比だ。」

しかし、ベアトリーチェの絵の存在は確認されましたが、ルクレチア・ペトロ―ニのほうは、wikipediaでいろいろ調べましたが、分かりません。ルクレチアのほうを見たい気がしますが、残念です。ベアトリーチェの絵の隣に飾られているのではないかと、期待していますが、果たして如何に?
なお、スタンダールが、バルベリーニ画廊と言っているのは、現在のバルベリーニ国立古典絵画館のことです。「地球の歩き方」の「ローマ」には、バルベリーニ絵画館にある、このベアトリーチェの絵も紹介されているので、ここにあることは間違いありません。

スタンダールを読むのが好きだと、何度も書いてきましたが、「チェンチ一族」との出会いをここに記しておきます。

スタンダールに、「チェンチ一族」のあるのは、以前から知っていました。しかし、読んだことがありませんでした。2015年に、エゴチスムさんという方のブログに、スタンダール関連の記事を見つけました。その中に、このベアトリーチェの紹介もありました。それを見てから、是非とも、スタンダールの「チェンチ一族」を読みたくなりました。本を探しましたが、わが町立図書館にはありません。県立図書館に行って、スタンダール全集を探しました。そして、その中に「チェンチ一族」を見つけて、読みました。その後、amazon で、「新潮世界文学のスタンダール」を古本で見つけました。その中に、「チェンチ一族」が入っていたので、確か、900円ほどと安い値段で、購入しました。

エゴチスムさんは、当時、イタリア在住で、スタンダールのことが詳しく、ブログでいろいろ教わりました。ルクレチア・ペトロ―ニの絵のことも、エゴチスムさんに聞けば分かるのかもしれません。しかし、残念ながら、現在、そのブログに連絡がつかなくなっています。

フランシージェナの寄り道 つづく

11.マサッチョの「楽園追放」

18.05.2019
The Expulsion of Masaccio

歴史の本を読むのが好きです。古い本ですが(1960年刊行開始)、中央公論から出た「世界の歴史」全16巻は、今も変わらぬ愛読書です。
その中の第7巻「近代への序曲」の文庫本の表紙が、マサッチョの「楽園追放」です。次の通りの説明が載っています。

「イタリア・ルネサンス初頭に近代絵画の基礎を築いた巨匠マサッチョが、フィレンツェのカルミネ聖堂・ブランカッチ礼拝堂の壁画として描いた傑作で、アダムとイブの絶望の表現は比類のないものといわれる。」
フィレンツェには、何度か行ったことがありますが、この絵を見たことはありません。最近、この本を読んで、この絵を見てみたいものだと思っていました。また、この絵のことを知ってから、各地の教会のアダムとイブにも注意するようになりました。

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マサッチョの「楽園追放」(部分画)

これからは、鬼が笑う来年の話になります。
今年(2019年)、グラン・サン・ベルナール峠からアウッラまで、約500キロを歩くとすれば、来年(2020年)は、アウッラからローマまでの約500キロを歩くことになります。アウッラから、フランシージェナの道を、100キロほど南に歩けば、San Miniato Basso という町に出ます。フランチージェナの道から外れて、その町の東に約30キロほどの所に、フィレンツェがあります。うまい具合にバスの便でもあれば、日帰りできる距離です。事情が許せば、一日フィレンツェに遊んで、「楽園追放」を見てきたいと思っています。
図書館へ行って、「地球の歩き方」で調べると、その絵は、サンタ・マリア・デル・カルミネ教会付属のブランカッチ礼拝堂にあるそうです。
wikipediaで更に調べると、上図の二人の恥部の葉っぱが、最近の修復の際に、外されています。オリジナルには、なかったのでしょう。楽しみです。

フランシ―ジェナの寄り道 つづく

10.パルムの僧院

15.05.2018
La Chartreuse de Parme

今年は、フランシージェナの道、グラン・サン・ベルナール峠からローマまで、1000㎞のうち、その半分、グラン・サン・ベルナール峠から500kmのあたりまで歩きます。
帰りの飛行機は、ミラノからです。その500㎞あたりのどこから、ミラノに出たらよいのか、手持ちの(1997年とちょっと古い)トマス・クックの時刻表で電車の便を調べました。
すると、グラン・サン・ベルナール峠から494kmのアウッラAulla という町の駅から、パルマに出て(アウッラから100km)、そこで、ミラノ行き(パルマから129㎞)に乗り換えというのが、どちらも便がたくさんあって良さそうです。これで予定しておきます。

パルマで乗り換えと分かって、すぐにスタンダールの「パルムの僧院」を思い出しました。
以前に何度か紹介したと思いますが、私にとって、スタンダールは一番好きな作家です。「赤と黒」「パルムの僧院」「カストロの尼」「チェンチ一族」は今でも読み返している小説です。パルマは、その「パルムの僧院」のパルムです。イタリアのパルマはフランス語でパルムです。
「パルムの僧院」の最後に、その名前が一言出てくるだけの僧院です。しかし、、昔から、訪ねてみたいと思っていたところです。

また、パルマの図書館には、「パルムの僧院」のサンセベリナ伯爵夫人のモデルとして、スタンダールが頭に描いたコレッジオの聖母の絵もあるそうです。これも。できたら、一緒に見たいと思います。

河出書房世界文学全集「パルムの僧院」の訳者生島遼一氏の解説には、次の通り書かれています。
「主人公ファブリスが最後に引退する僧院は、実在するもので、小説に書かれているようにサッカの森の中ではなく、パルムの北東にあり、今は不良児の収容所のようなものになっている。(同じページの僧院の写真の説明には、女子軽犯罪者の更生施設本部になっていると書かれています。)
また、この町の図書館にはコレッジオの傑作の聖母の絵がって、スタンダールはサンセベリナを描くのにこの聖母像を頭に描いていたらしいとも考えられる。」

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スタンダール当時のパルムの僧院。新潮世界文学より。

さらに、wikipediaで、「パルムの僧院」を調べると、次のことが分かりました。
「・・・「パルムの僧院」はパルマ郊外の未舗装道路の端にあって、現在はイタリアの刑務所・警察学校の敷地内にある。シャルトリューズ会修道院(Chartreuse)は、小説に描かれる僧院(Chartreuse)は、自分たちと何の関係もないとしながらも、身分証明書(パスポート)を提示すれば、季節により時間は異なるが、訪問・見学できるようになっている。なお、当の建物たる僧院は、物語を通じ、たった一度のそれも最終ページに登場するのみで、さして重要な意味を持ってない・・・」

その「パルムの僧院」のほとんど最後の部分はこうです。
「・・・サッカから二里離れた、ポー河に近い森の中のパルムの僧院(訳注:この僧院は実際はサッカの森にはなく、北東1マイルのカスタルラ街道沿いにある)へ引退した。
…伯爵夫人はあらゆる幸福の外観を集めていた。しかし一生愛していたファブリスが僧院で一年を過ごして死んだ後、ほんのわずかしか生きていなかった。」(新潮文庫・大岡昇平氏訳)

もし、 フランシージェナの道をアウッラまで、494㎞を歩いた後、パルマに一泊する余裕があったら、是非立ち寄って、外観だけでも見たいと考えています。パルマの観光案内所で、「パルムの僧院」と「図書館の聖母の絵」の場所を聞けばなんとかなるでしょう。

フランシージェナの寄り道 つづく