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138.サント・フォア出発:ピーターとの再会

138. Departing at Ste-Foy la Grande: Meeting Peter again
25.06.2018, the 42nd day
6月25日 42日目

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ヴェズレイ Vezelay から歩いて、サント・フォア・ラ・グランド Ste-Foy la Grande までやってきました。
ヴェズレイから、721kmの距離です。ヴェズレイの道の終点、スペイン国境の、サン・ジャン・ピエ・ド・ポール Saint-Jean-Pied-de-Port まで、あと、300km弱となりました。もうヴェズレイの道も、70%以上を歩いたことになります。
こうして、地図で見ると、サント・フォアは、ちょうど、ボルドーの真東に当たります。

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「トゥールの道」のガイドブック。

上掲地図の左側に、トゥール, ポワチエ, ボルドーの町 があります。トゥールから出発して、ポワチエ、ボルドーを通過し、サン・ジャン・ピエ・ド・ポールに至る巡礼道があります。「トゥールの道」です。
フランス国内を通る4本の主な、サンティアゴの道のうちの一つです。今年の「ヴェズレイの道」を歩くと、その主な4本の道の内、
「ル・ピュイの道」Le Puy (2014年)
「アルルの道」Arles (2015年)
「ヴェズレイの道」Vezelay (2018年)
と、3本の道を歩いたことになります。
ここまできたら、あと、残りの
「トゥールの道」Tours (20??年)
も歩きたくなります。果たして、歩くことができるでしょうか?

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さて、サン・フォア・ラ・グランドを出発です。
テントも片づけました。写真真ん中の芝生に、四角いテントの跡が残っています。

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今日のヴェズレイの道のコースは、再び、街の中心に戻って、ドルドーニュ川に沿い、西南に向かいます。目指すのは、まず、ポン・ド・ラ・ボーズ Pont de la Beauze です。
昨日通ってきたドルドーニュ川の北側は、ドルドーニュ県です。サン・フォア・ラ・グランドのある、川の南側は、ジロンド県です。ボルドーが県庁所在地です。

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味わいのある、サン・フォア・ラ・グランドの通り。

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観光案内所。サンティアゴ・デ・コンポステーラの道・ヴェズレイの道の標識。
「ここで巡礼手帳にスタンプを押します」と書いてあります。昨日、観光案内所は、日曜で閉館。今朝はまだ早くて、営業前。スタンプは貰えませんでした。

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「サン・フォア・ラ・グランド。13世紀の城塞。
毎土曜日朝、太市開催」
城塞跡は、ついに、見る時間がありませんでした。

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サン・タンドレまで、2.8km。

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ボーズの橋。
ここで、オーストラリア人の巡礼、ピーターに出会いました。84歳です。このあと、少し一緒に歩くと、彼は、早くも、「今晩の宿がこっちにあるから」と言って、ヴェズレイの道を逸れていきました。

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巡礼者中、私が一番遅く進むと思っていましたが、もっと遅い人がいました。私は、巡礼の旅は、遅ければ遅いほど良いと思っているほうなので、上手(うわて)がいたと感心しました。

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これ以後、彼には、会いません。最後の別れと思っていました。ところが、なんと、20日後に、終点のサン・ジャン・ピエ・ド・ポールに到着した彼に、バッタリ出会いました。
私は、終点、サン・ジャン・ピエ・ド・ポールに4泊していました。彼は、私より、2日遅れて到着しました。そのために、出会うことが出来たのです。詳しい顛末は、その時に。

つづく
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137.サント・フォア・ラ・グランドの夕暮れ

137. Sainte-Foy-la-Grande in the evening
Sunday, 24.06.2018, the 41st day
6月24日日曜日 41日目

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19:00前に、レストランを探しがてら、キャンプ場から、町の中心に向かって、ブラブラ歩いてゆきました。
広場があって、カフェがあって、町の人がたむろしています。
古い馬車を飾ってありました。

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第二次大戦中の抵抗運動の闘士の名前。女性のようです。
ここで、殺されたのでしょうか。

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ジャン・ジャック・ルソーという名前の通り。

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木骨組(コロンバージュ)の家と塔。
ここは、観光案内所です。日曜日で開いていませんでした。

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レストランですが、廃業しているようです。

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珍しく、中華レストランがありました。メニューなど見ていると、中華ではなく、ヴェトナム料理かなにかのようです。やっているのかどうか分からないほど、店が汚れています。それでも、一旦は、入ってみようと思いましたが、やっぱり、思いとどまりました。

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また傘を飾ってある通りに来ました。

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昼間、賑わっていた、ノミの市は、もう終わっていました。

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あの手この手で、町の活性化を考えているのでしょうが・・・

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見捨てられたような、コロンバージュの家々が・・・

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寂しさを募らせます。

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特に夕方だったせいもあったでしょう。
サント・フォア・ラ・グランドの人口は、1975年に、約3,300人。2015年に、2,400人と激減しています。
私の住んでいる町(市町村というときの町)の人口は、24,000人です。フランスの町や村の人口の少なさに驚かされます。しかし、町の姿を見る限りでは、日本の町よりも、ずっと都会的です。一般に、フランスの町は、かつて城塞に囲まれていて、人口が集中しているせいでしょう。

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Casa Italia
結局、街の中心まで来てしまいました。役場のある、広場(通りだったかもしれません)です。昼間、サン・フォアに着いて、カフェがあったので、ビールを飲んで、休んだところです。カフェだと思っていましたが、イタリアン・レストランでした。カーサ・イタリアです。
アーケードになっています。

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頑丈そうな、太い木で作られた屋根があって・・・

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雰囲気は満点です。

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レストランのおにいさん。いかにも、イタリアン。

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ピザ屋と看板が出ていました。ピザは嫌いなので、スパゲッティにしようと思っていました。テーブルにつくと、今日のお勧めは何とかだと言われました。どういう訳か、それが、ピザではない料理だと思い、それを注文してしました。
出てきたのは、正真正銘のピザでした。おまけに、食べられない、スモークト・サーモンが入っています。
サーモンを横にどかせて食べました。

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口直しに、アイスクリームを頼みました。

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これで、なんとか、腹の具合を収めましょう。

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夕空を見上げると、ツバメが編隊を組んで飛んでいました。どこへ、帰るのでしょうか?

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食事を終えて、私は、キャンプ場へ帰りました。途中、ドルドーニュ川畔に集まっている土地の人たち。夏の日の暮れるのが遅いと言うのは、なかなか、味のある景色です。これで、21:00頃でしょうか。

Walked 20km from Bazange to Ste-Foe la Grande today.
721km from Sermizelles/Vezelay.
Stayed at Camping de la Bastide, Pineuilh at 11 Euro.

つづく

136.サント・フォア・ラ・グランド教会

136. Eglise Notre-Dame de Sainte Foy la Grande
24.06.2018, the 41st day
6月24日 41日目

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夕食の始まる前に、サント・フォア・ラ・グランドの教会と街の見物をしました。
鐘楼は、修復中です。

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サント・フォア・ラ・グランド教会と町の紋章

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アダムとイヴの楽園追放のステンドグラス。
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キリスト生誕のステンドグラス。

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巡礼サンティアゴ。

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巡礼の加護。

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Saint-Francois d'Assise
アッシジのサン・フランチェスコ。

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第一次大戦戦没者慰霊。

つづく

135.サント(聖女)・フォア

135. Sainte Foy
24.06.2018, the 41st day
6月24日 41日目

現在、私のいる町、サント・フォア・ラ・グランドの町名、サント(聖女)フォア (Sainte Foy)とは、どんな聖女か。何回か、私のブログでも紹介していますが、このサント・フォア・ラ・グランドのノートルダム教会 (Eglise Notre Dame de Sainte Foy la Grande) に説明パンフレットがありました。それを使って、再度、紹介しておきます。

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聖女フォアのステンド・グラス(サント・フォア・ラ・グランドのノートルダム教会)。
この教会の中には、聖女フォアのステンド・グラスが2枚あります。

聖女フォアは、アジャンの生まれ。アジャンは、サント・フォア・ラ・グランデの東南80km、ガロンヌ川畔にある町です。
名前のフォアはフランス語読み。
Wikipediaには、ラテン語の聖女フィデス (Sancta Fides) で載っています。
英語では、Saint Faith です。

「聖女フォアは、キリスト教徒の乳母に育てられ、キリストに身を捧げることを誓い、(ローマ帝国の迫害によっても、)異教に改宗することを拒否した。これは、おそらく、西暦303年、ディオクレチアヌス帝の迫害の時であったであろう。彼女は、生きたまま、(格子の上に乗せられて)火あぶりにされたが、最終的に、首を刎ねられた。13歳の時であった。」

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同教会の、もう1枚の、聖女フォアのステンド・グラス。
手に持っている棕櫚の葉は、殉教者の印です。

「彼女は、広く世間で有名になり、多くの町や村が、彼女と同じ名前をつけた。」
ミシュランの、200,000分の一の地図帳の索引には、4カ所の町の名前が載っています。これに、同名の付いた教会を数えると、相当な数になるでしょう。
面白いのは:
「9世紀に、コンクの僧院のひとりの僧侶が、(アジャンの教会から)彼女の聖遺物を盗み出し、彼の僧院に持ってきた。サンティアゴ・デ・コンポステーラの道の途上にあるコンクは、そのために、多くの巡礼者が、足しげく通う土地となった。」

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Poastcard of l'eglise romane de XIe siecle.
コンクの教会(11世紀ロマネスク様式)の絵ハガキ。
コンクは、フランスを通るサンティアゴ・デ・コンポステーラの、4本の道のひとつ、ル・ピュイの道の途上にあります。

つづく

134.サント・フォアに到着

134. Arrived at Ste-Foy
Sunday, 24.06.2018, the 41 day
6月24日日曜日 41日目

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ワイン畑が続きます。

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また、名言が出てきました。
「ときどき、目に見えないものを、心が見ることがある。」
H. Jackson Brown, Jr

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ル・ブリアという所のブドウ園。

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アップダウンの連続で疲れました。このへんで、ひと休み。

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まだまだ、アップダウンが続きます。
今日のコースは、標高130mくらいの土地を、上ったり下ったり。そして、最終的に、標高12mのドルドーニュ川畔に下ってゆきます。

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そして、眼下に、教会の尖塔が見えてきました。サント・フォアの教会です。

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川辺まで下ってきました。ドルドーニュ川です。ベンチがあったので、また、ひと休み。

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ドルドーニュ川の向こうのサント・フォアの町。
ドルドーニュ川を挟んで、両側が、サント・フォアの町だと思っていました。ところが、川のこちら側(右岸・川の北側)は、ポール・サント・フォアの町で、川の向こう側は、サント・フォア・ラ・グランドの町です。別々の町でした。

当初、今日の宿は、サント・フォアのキャンプ場を予定していました。ところが、予備のバッテリーを含めて、カメラのバッテリーがなくなりそうです。キャンプ場では、充電する場所が、大体、洗面所のコンセントしかないので、ゆっくり充電するのが困難です。そこで、ジットに泊まることに変えました。寝室内のコンセントで充電できるからです。
近い所で、ポ―ル・サント・フォアのジットを探しました。Refuge paroissial des Pelerins de Compostelle, Port-Sainte-Foy です。そこを探し当てました。しかし、無情にも、日曜日閉館と書いてありました。扉がかかっていました。

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ドルドーニュ川に架かる橋。
こちらが、ポール・サント・フォア。橋を渡れば、サント・フォア・ラ・グランド。

そこで、当初の予定通り、キャンプ場を目指しました。2km程、歩かなければなりません。

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日曜日であることと、なにかのお祭りなのか、キャンプ場へ向かう道 (レピュブリック通り rue Republique) の脇道で、ノミの市が開かれていました。
道路の上には、たくさんの傘がさげられています。2016年に歩いた、ポルトガル道のAguedaでも、このように傘を、通りの上にさげる祭りがありました。

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更に、レピュブリック通りを歩いて行くと、通りの向いに、ホテルの看板が目に入りました。サント・フォアのグランド・ホテルです。疲れていたし、ここに泊まれば、バッテリー充電も問題なくできるし、街の見物や食事にも便利だし・・・ということで、ここに泊まることにしました。レセプションで、
「朝食なし、59ユーロでいいですか?」と聞かれました。
「いいです」と返事をしました。すると、レセプションの女性は、どこかに、電話をかけて話していました。
結局、「残念ながら、今日は満室です。」とのこと。

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今日は、宿に見放されたなと思いながら、再び、レピュブリック通りを歩きました。
キャンプ場まで、あと、400mの標識。

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サント・フォア・ラ・グランドのキャンプ場は、正確には、隣町の、ピーヌイユにありました。

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そして、とうとう、キャンプ場に到着。
サント・フォア・ラ・グランド城塞キャンプ場。ドルドーニュ川畔。
ここは、私営のキャンプ場です。テント一泊は、ひとり、11ユーロですから、公営と大きな違いはありません。

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キャンプ場の入口。左側の小屋が受付。ビールとアイスを売っていました。余り暑いので、ビールを飲んで、アイスも食べました。

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案内されたテント設営場所。
直ぐ近くに、談話室がありました。「ここを自由に使っていいです。但し、23:00に鍵を掛けます。」と、案内してくれた女性が説明してくれました。テントに泊まるうのは私ひとりです。他は、皆、キャンピング・カーです。この部屋を使う人は余りいないようです。安心して、カメラのバッテリーの充電ができました。

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談話室の下には、プールがありました。青い水の色が涼しげです。

つづく